September 2005

September 23, 2005

バス旅

アサオです。

3連休を利用して東京・横浜まで行ってきました。
東京で働いてた時代に出会った友だちや、
海外で知り合ったらたまたま東京出身だった友だちに会いに。
あるいは、
銀座アスター・アジュール竹芝店でレイボーブリッジを眺望する絶景と
繊細かつ味わい深い中華を堪能しに、
江ノ島の断崖絶壁に立つ料理屋で端から端まで続く水平線を
見下ろしながら名物・釜揚げしらす丼を味わいに、
横浜を見下ろす山手に建てられた英国風建築をリフォームして
営まれるティーサロンで素朴なスコーンと甘いミルクティーに癒されに、
行ってきました。

行きは空路で早朝から。
帰りは深夜バスで。
3連休フルに遊んで早朝帰阪して即出勤。
タイから深夜便で帰国したのとは微妙に異なるテンションに戸惑う。


帰りの深夜バスでふっと思い出した。

ラオスを周遊してタイに戻った私は、次に豪州のケアンズに行くことになっていた。
ケアンズってどこよ?
オーストラリアの北の方だってことは知ってる。
シドニーがメルボルンより北だってことも知ってる。
なんだ、つまりシドニーからバスでちょいと行けばケアンズじゃん。
そう思った私は、カオサンでシドニーまでの航空券を買った。
…大陸の大きさを身を持って知った。

シドニーからケアンズまで3泊4日(車中泊)の旅。

8月末、一年中真夏のタイから冬の南半球へ。
南と聞けば暖かいというイメージがどうしても払拭できなかった私は、
Tシャツ姿で冬のシドニー入り。
一気に風邪をひいた。
車内でガタガタと震え、鼻をかむためにトイレットペーパーが手離せなかった。

ビルの建ち並ぶ都市部を離れ、住宅街からも出ると、
バスは何にもない原っぱの真ん中を通る道路を走った。
たまに映画で観たような木造のドライブインがある。
中に入ると、やはり映画で観たような無愛想なおばちゃんが店員をやってる。
ハンバーガーを頼んだ。
でかい。
聞いてはいたが肉もバンズも全てがでかい。
もはやこれはファーストフードとは呼べない。
これが大陸なのか、と一人で納得。

行けども行けども道は続く。
実は何かの聞き間違いで、本当は今日ケアンズに着くんじゃないか、
なんて絶望的に儚い希望を夜が明ける度に抱いては、
それが無駄だったことを日が暮れる度に思い知ったものだった。


それに比べれば東京から大阪なんて朝メシ前よ。
そう思って乗った。

…20歳代と30歳との間にはとてつもなく深い溝があるらしい。。。

またひとつ勉強になりました。


(今日の写真:夕焼けの江ノ島 at 江ノ島/神奈川県)

050922

scott_street63 at 01:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常 

September 14, 2005

インドからスペインへ


アサオです。

今日の昼休みに観てたNHK「お昼ですよ ふれあいホール」でバニラムードが
演奏した『スペイン』を聴いて、忘却の彼方にあった記憶が急に甦った。
バンコク発カルカッタ行きのインディアン航空で隣りに座ったスペイン人のマルコ。
彼は、彼自身の源流がインドにあると信じ、インドへ行くのだと言った。

スペイン人は皆産まれる前からフラメンコを聴いて育つ。
そのフラメンコをイベリア半島に持ち込んだのがジプシー。
ジプシーの起源はインド。
だからインドに行くのだ、と彼は誇らしげに言った。

(ちなみに今はジプシーと呼ばず<ロマ>と呼ぶらしい。
 ジプシーとは「エジプトから来た」という意味の
 <エジプシャン>が変化したしたものだとか。)

正直なところ、私は欧米諸国にはまるで興味がない。
旅をしようとも思わない。
しかしスペインだけは例外。
何故だろうと考えたら、スペインはどこかアジアと共通しているのだ。

歴史的に見て、イベリア半島はイスラム教勢力にほぼ全地域支配されている。
南米からインディオが奴隷として何万人も流入し、
さらに放浪の民・ロマの到着。
ピレネー山脈で閉ざされたイベリア半島内で混血が次々と生まれ、
欧州でも独自の文化を形成することになったのに違いない。


グラナダのアルハンブラ宮殿の足下を流れる川を伝って、
アルバイシン地区の貧しい住宅街を歩いた。
居並ぶ家々はボロく、中には山肌をくり抜いて造った家もある。
何処かからフラメンコが聴こえてくる。
ここで女性に話しかけられた。
もうすぐフラメンコのショーをやるから観に来ないかと。
ガイドブックの地図からも外れたこんな所に旅行者は他にいない。
私は彼女の容姿に驚いて警戒心を抱いた。
黒い髪に緑がかった茶色い瞳、彼女の容姿からは明らかに西欧ではなく
イスラームの香りが漂っていた。
初めて目の当たりにしたイスラームに私は恐れた。
常識を全く異にする人種ではないか。
言葉が通じても意思の疎通は出来ないんじゃないか、と。
きっと日本人が初めて西欧人を見て鬼と思った感覚と同じに違いない。
もし私一人だったなら付いて行ってたかもしれない。
しかしカノジョを連れていたため危ない目に遭わせるわけにいかない。
魅力的だけど、ごめんなさい、あまり時間がないので。
そう断って先を急いだ。
結局スペインでフラメンコを見ることはなかった。

それから数年経って、三重にあるパルケ・エスパーニャへ行った。
フラメンコのショーをやっているという「カルメンホール」へと急ぐ。
パルケの中ではスペイン人らが広場で勝手に集まって
勝手に本格的なフラメンコを踊ってる。
勝手にやってるだけだから勿論見ほうだい。
その気になったら中に混ぜてもらえる。
しかし「カルメンホール」は完全予約制だと言うのだから余程すごいんだろう。
そう思っていた。

……撃沈。
……カネと時間を返してほしい。

パルケ・エスパーニャ、悪い評判ばかり先行してますが、
けっこう本格的で私は好きですよ。

も一回行ってフラメンコのパルマ(手拍子)やりたい。。。


(今日の写真:この辺で話しかけられた at グラナダ/スペイン)

050914

scott_street63 at 22:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)インド | スペイン

September 09, 2005

Tragedice


アサオです。

何が悲劇かって、
世界はいま生きているこの世界しかないということなんだ。
と友だちに言われたのがいつまでも忘れられない。

私はこの世での誕生イコール死刑判決、
人生イコール死刑までのモラトリアムだと考えているので、
すなわち私には今生以外の世界があるという概念があることになる。
私にとっての悲劇とは、あの世があるということなのだ。

前者である友人の概念には「救い」など無いということになる。
私の概念では死イコール「救い」である。
どちらが正しくてどちらがより悲観的かなんて
一度死んでみなくちゃ分からない。
んじゃとりあえず死んでみっぺ?
それは悲劇でもなく喜劇。


日本人の海外旅行のオキテとして、
物乞いに金を与えてはいけないという条項がある。
それは、一人に与えるとそれを見た別の物乞いが次々と現われ、
しまいには身ぐるみ剥がされることになるからだ。

しかし私は、タイの路上で物乞いをする人には時々あげることにしている。
全員には無理だけど、たまたま気が向いた時だけ。
或いは、たまたま小銭を持ち合わせていた時だけ。
貰えた人はたまたまラッキーだったのだ、と考えることにしている。
というのは、タイ人自身物乞いには恵んでやる人が多いからだ。

タイの人々には僧侶に喜捨する風習がある。
それは死後の世界のために現世で徳を積もうと考えてのことだが、
物乞いに対しても同じく、徳を積むためと考えられてるらしい。
もっとも私のそれは、単に富の分配という社会主義的な思想に過ぎないのだけれど。

ある日のこと、なんだかムシャクシャしていた私は、
ドン・ムアン空港からタイ国鉄の駅につながる通路でひれ伏す男を見かけ、
半ばヤケクソ気味に100バーツ紙幣を1枚、缶の中に入れてやった。
するとプラットホームに下りたところで私を追いかけて来る別の男がいた。
彼はやや興奮ぎみに私に話しかけた。
 「キミはいま幾ら彼にあげたか分かってるのか?」
 「ええ。100バーツあげました。」
 「なぜ?」
 「さあ?彼がラッキーだったんですよ。」
彼は名刺を私の前に差し出し、
 「私はそこで旅行会社をやってるんだ。いつでも来てくれ。」
と、いかにも私を上客と見込んだ様子だった。
100バーツって、日本じゃ280円にしかなりやしない。
コーヒー1杯飲めば終わってしまう程度の金額に過ぎない。

とは言え、現地の物価から考えて
100バーツは確かにやり過ぎだとは思うけど、
10バーツぐらいはもっとあげてもいいんじゃないかと思う。
2〜30円で徳が積めると考えたら安いものだ。
と言ったところで、現世利益を求めて賽銭を投げる日本人には
理解されない考えなのか。

日本は仏教国だと言うけれど、
実際のところ日本人の心の中には神も仏もいやしない。
存在するのは現世の人間だけ。
悲劇な国だ。


(今日の写真:ふうせんランプ at ルアンパバーン/ラオス)
050908


scott_street63 at 01:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | タイ

September 06, 2005

涙の理由


アサオです。

お盆に母をルアンパバーンに連れて行ったところ予想以上に気に入ったらしく、
彼女が書いた旅行記を彼女がデジカメで撮った写真を挿入しながら
ワードで編集作業などをしていたわけですが…
いいかげん自分の旅行記も書かないと。
インドとか、ラオスとか。

普段のジョギングでもそうなんですが、
私はまず最初に恰好から入るんですね。
ジャージとか、シューズとか揃えて、
いつ誰に見られても気兼ねせず堂々と運動できるよう
準備万端にしてからじゃないと出来ない。

それと同じで、CSSで行の間隔の調整とか憶えてからでないと。
じゃないと行と行が詰まってしまって見づらくてしょーがない。
そんなものを公表してしまうのも恥ずかしいし。

と思ってたのが、つい最近になってようやく憶えたので、
これから旅行記を書こうかと。
下書きだけでも書いておけばいいのに、まだ何にも書いてません。
いや、旅行中に書いた日記とかは手元に残ってるから。
これからなので、まだいつになるかは分からいんですが。

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先日、久しぶりに映画を観に行きました。
『奥様は魔女』
あのメリケン・ジョークが好きだったんですよねぇ。
ドラマの中で視聴者(?)かスタッフ(?)らの笑い声が入ってるのも
当時の日本のドラマには無い感覚。

それはともかく、

どーも最近ストレスが溜まってるのか、涙腺が緩くなってしかたがない。
映画館で何度か泣きかけました。
『奥様は魔女』
が始まる前の宣伝で…。

『私の頭の中の消しゴム』とか
『シンデレラマン』とか
『亀も空を飛ぶ』とかとか……

…泣くとストレス発散になるというし、一人で見に来ようかな。

もう20年以上人目を気にせず泣いたことがない。
もともと感情的な人間なので泣きかけることはあるものの、
目頭が熱くなって、よしもうちょっとで泣ける、がんばれ、
なんて思ってるうちに冷めてしまったり。

最後に大粒の涙を流したのは、
小学6年の時にソフトボール大会でボールが目と目の間に当たったときか。
涙腺に当たり、たいして痛くないのに涙が止まらなかった。
さらに中1のときにケンカして、まだ腫れの引かないそこを殴られたときも同様。
教室だったから恥ずかしかったなぁ……

そんなわけで、『奥様は魔女』を観る前にもうかなり満足。
1日に4〜5本観た気分。

やっぱり映画館ていいね。


(今日の写真:らんちぼっくす at バンコクエアウェイズ機内/タイ)

050906

scott_street63 at 23:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)日常