December 2005

December 31, 2005

暗い旅路


 <旅>は距離に捉われない。長距離であろうと短距離であろうと、それが移動である限り<旅>に変わりない。
 死刑囚の旅路に想いを馳せた。
 極刑は宣告されてから実行されるまで、日本では実に数年の時をかけるという。ただ刑が実行されれば良いというものではない。その時間の間に死刑囚の意識を変革させ、悔い改めさせることも必要だと考えられている。囚人本人にとってはいつ終焉を迎えるのか分からない時間という旅。自己の内面世界を行く旅。そしてまた獄房から刑台へと向かう道程という旅。刑が実行される前には茶やタバコが勧められるらしい。ひと息ついて落ち着いてから更なる旅へと送り出すのだという。
 イエス=キリストが神であったか否かは別にして、彼もまた旅をした。己の死床となる十字架を引き摺ってゴルゴタの丘へと歩んだ道程。ローマから派遣された時のエルサレム総督・ピラトの無罪宣告をユダヤ人は受け入れず、最終的にユダヤ人の手によりイエスは十字架に架けられることになった。
 十字架は死刑の中でも最も酷い道具と言える。両手・そして予め槌で骨を砕いた両足首を交差させた箇所の計3ヵ所を極太の釘で十字架に打ち付ける。その上で十字架を囚人ごと立ち上げると、囚人自身の体重でもってその釘が手足を裂こうとする。身体は前傾するものの釘が地に落ちることを妨げ、やがて全身の関節が徐々に外れていく。死への決定打が無いため痛みは絶えず続き、最終的に囚人は精神を狂わせ、2〜3日かけてようやく死に至るという。それもまた<旅>と言えよう。死への旅路。

 バラナシのゴードリヤ交差点に着いた。午後10時。夜も更けた真っ暗な時間にも拘わらず道は煌々と照らされ人で溢れていた。何処に泊まればいいか分からず、遠藤周作も泊まったというかの有名な「クミコ・ハウス」に行こうと決めた。
 リクシャーを呼び止め、「クミコ・ハウス」を知っているかとガイドブックを見せて尋ねると、若い運転手はリクシャーをその場に置き、私を暗い細道へと案内した。道は細く曲がりくねり、三叉路に突き当たる度に彼は人に尋ねた。道の両脇の建物は高く、雑然と様々な物が其処此処に置かれ、時に牛が寝そべり、幾つかの角を折れた時点で私は既に方向を失ったがそれでもなお道は続き、もはやこの若い運転手にこの身を預ける他なかった。この案内人がいなければ私は朝までこの暗い細道で出るに出られず途方に暮れていたに違いない。事実、翌朝クミコ・ハウスから外出した私は道に迷い、なかなか戻れなかった。

 我々の旅路に案内人はいるか?生という名の旅路。
 不安に満ちた世を歩むこの暗い道程を照らす案内人を求め、旅は続く。

(今日の写真:光る門に腰掛けるふたり at 堂島アバンザ/大阪)
051231

scott_street63 at 23:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0)インド |