March 2006

March 23, 2006

一万光年の記憶


最近、宮本輝にハマッてる。
義母が胆石の手術に4日ほど入院することになったから、
退屈しのぎに本を貸してあげようと思って『ドナウの旅人』を
引っ張り出したのが始まりだった。

50歳にして離婚目的で家出し、ドナウの源流から黒海への旅に出た母と、
連れ戻すために後を追って同じく旅に出た娘、
そしてそれを取巻く様々な男女の心情を描いた物語。
ドナウが流れるドイツやオーストリア、ハンガリーの街並みや風情が描かれ、
慌しい通勤電車も、陰鬱と小雨降る石畳に変貌する。

義母に貸すため一旦読み進めるのを諦め、
次に読み始めたのが『流転の海』、そしてその続編『地の星』。
戦後間もない混沌とした大阪で、50歳にして初めて子を儲けた松阪熊吾が
商売を通して人間という生物、また人智の及ばぬ運や星廻りなどに翻弄される
人間という存在の小ささを考えさせられる物語。

アルゼンチンのイグアスで無数の星を見た。
幼少の頃に田舎の祖母宅で微かに見えた天の川が
ジャングルの上に帯となって流れていた。
何万光年も遠くに離れた星々は、我々の、
どれ程の別離を見守ってきたことだろうか。


バラナシ駅で、今から思い返してもぞっとするほど夥しい数の人間に
揉まれながら、18:45発カルカッタ行き夜行列車の当日券を手に入れた。
座席も車両も決まっていない。
尋ねると、乗ってから車掌と相談してくれ、と無碍もなく係員に言われた。
既に入線している鉄道の適当なところに乗り込み、
客室に入らず出発を待つことにした。
扇風機もないそこでは静かに待っているだけでも汗が噴き出し、
ペットボトルの飲料水はもはや白湯に近かった。
極度に腹が減ったため、日本から持ってきたパイン飴を口の中で転がしては
ペットボトルのぬるま湯を口に含み、ジュースにして胃に流し込んだ。

淡いピンクのパンジャビドレスを着た少女が客室から出て来た。
高校生ぐらいだろうか。
ホームから少女と同年代の少年が顔を覗かせ、二人は手と手を取り合った。
泣き崩れる少女。
優しく語りかける少年。
桃色のスカーフが風になびく。

夜の帳に包まれたバラナシ駅に出発を合図する警笛がこだますると、
車輌は、ごとん、と重い音を立て、ゆっくりと進み出した。
少年は片手で手摺りに掴まって、もう片方の手で彼女の手を取り
別れを惜しんだが、やがて笑顔で手を離し、視界から消えた。
淡い桃色の彼女は、嗚咽を上げながら身を乗り出して後方を見つめ、
客室から出てきた父親がそっと彼女の肩に手を添えた。

轟音が橋を渡ることを知らせた。
彼女ははっとして、先とは反対側の、私が座っている方の窓の格子に
しがみついた。
ガンガーの水面に映る灯火が、幾つも並んで闇に浮かぶ。
じっと一点を見詰める彼女は、無言でガンガーに別れを告げていたのに
違いない。

列車は夜を切り裂いて走る。

(今日の写真: pose at ブエノスアイレス/アルゼンチン)

060323

scott_street63 at 09:42|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | インド

March 07, 2006

TAXI

2月は多忙を極めました。
2月は我が社の決算月なのでそれだけでも十分忙しいというのに、
1週目はアルゼンチン旅行でつぶれ、
3週目は所属する楽団の定期演奏会、
4週目はうぇでぃんぐぱーてぃ……

そんなわけで、人生にいちどぐらいはしても悪くないという
けっこんとかいうものをしました。
午後、行列のできるベーカリー・タケウチにほど近いホテルの
“貴賓室”で両家親族だけが集まっての食事会。
つづいてホテル内に作られたなんちゃってチャペルで
なんちゃって人前式(わずか約10分)。
で、夕方はホテル最上階でお待ちかねの友人だけを集めたパーティー。
計画と準備にギリギリまで精根注いだ甲斐あって、会は大盛況。
「型破り」とか「破天荒」という感想をくれた人がいたけど、
それに勝る褒めコトバはありません。

とか言いながら、実はその日は朝っぱらからケンカしてたんでした。
ホテルから10時半には来て下さいと言われてたのに、
私が寝坊したせいで家を出たのが9時45分。
間に合わない、ぜったいに間に合わないとあまりにうるさく責められたので、
家の前で通りがかったタクシーを捕まえ、
おどろく彼女を、乗るぞ、と促してホテルまで直行。
メデタイ日なんだから、これぐらいのゼイタクいいじゃない。

晴れ渡った空の下、新御堂筋を駆る。
休日だから道は混まず、景色が爽快に流れていく。
今ならまだ結婚キャンセルできるぞ、とか嫌味を言いながら、
飛ぶように過ぎて行く街や空や雲を車窓からぼんやりと眺めてた。


パスポートが見つかったのはもう夕方近い時間だった。
案の定、カルカッタで泊まったホテルに忘れてきたのだった。
日本領事館の係官の話によると、明日ホテルの従業員が領事館まで届けに
来てくれるらしく、すぐにカルカッタに戻って来るようにと言われた。
私はすぐにクミコハウスに戻り、パスポートが見付かった旨を久美子さんに
伝えると、急げば6時45分の急行に間に合うかもしれないからすぐに行きな、
と急かされた。
その語り口は、バラナシにあって、確かにニッポンのお母さんであった。

70リットルのバックパックを背負い早足でガンガー沿いを歩く。
遠回りになるが、迷路のように入り組んだ道で迷うよりずっとマシだ。
途中よろけて川に落ちそうになりながら野菜市場に出ると、
サイクルリクシャーに跨った青年から声をかけられた。
 「ジャパーニー、何処まで行くんだ?」
 「バラナシ駅。急いでるんだ。」
 「ユーアーラッキー。オレはバラナシで一番速いリクシャーだ。」
できればエンジンの付いてるリクシャーに頼みたかったが、
この頼もしい発言に、私はこの身を託したくなった。

韋駄天とはまさにこのことか、彼はひとたびペダルを漕ぎ出すと
次々に他のリクシャーを追い抜かした。
振り向いて何か話しかけてくるものの、風とドップラー効果でうまく聴き取れない。
恐らくスゲェだろとか言ってるのに違いないと推測し、ホントだ、スゲェよ、
ユーアーグレートなどと彼を褒め称えた。
前方の交差点が渋滞しているのを見ると彼はすかさず抜け道に入り、
幾つか角を曲がると、先の交差点は既にはるか後方に見えた。
 「Yeah, Ha!」
勢いに乗った彼は馬でも駆るかのような声を上げると、
スピードを落さずコーナーを直角に曲がった。
その瞬間、私の乗る荷台の左側がふわりと浮き上がった。
時間が止まったかのように感じた、ほんの一瞬の出来事。
あわや転覆かというところで私は左脚に全体重を乗せて踏ん張った。
車輪は地面に叩き付けられ、再び地を蹴りながら回り始めた。
走りながら彼は振り向き、私と目を見合わせた。
互いの無事を確認し合うと、可笑しさが込み上げ、笑わずにはいられなかった。

バラナシの乾いた風。
自動車が撒き散らす砂埃と排気ガスに紛れて牛糞の匂いが鼻腔をくすぐる。
結局私がバラナシに滞在したのはわずか22時間だった。
次にバラナシを訪れる機会は再び来るのだろうか…?
いや、また行く。
結婚したって一人旅。

てゆーか、まだ婚姻届け出してないわ。

…まいっか。

(今日の写真:青い機内 at アルゼンチン上空)

060307

scott_street63 at 20:01|PermalinkComments(2)TrackBack(0) | インド