May 2008

May 13, 2008

深夜行


夜もすっかり更けた頃、列車は比較的大きな駅に到着した。
街はもう寝静まっているのか、駅は夜の静寂に包まれている。
大きな荷物を抱えて降りて行く乗客たちも、どこか息を潜めているように見える。
ウルムチ発カシュガル行き快速列車。
南彊線と呼ばれるその鉄路は、タクラマカン砂漠の北側を約1,500km、23時間40分かけてひたすら西へ走る。
コンパートメントの窓からホームを覗き込むと、「庫尓勒(コルラ)」と掲げている駅名を見て愕然とした。
出発してから10時間強。
荒野を抜け、山岳地帯を越えた列車は、ようやく全行程の4分の1を終えたばかりだと言うのだ。
先はまだまだ長い。

偉そうな態度で「外に出るな。」と制止する鉄道服務員を「水が欲しいんだ。」と振り切ってまだ開いている駅の売店に駆け込むと、漢民族とは明らかに風貌を異にするウイグル人が回教徒の証たる小さな帽子を頭に被って店番をしていた。
 「この水いくら?」
と500ml.のペットボトルを指差すと、
 「イーカン。」
と言って彼は人差し指を立てて見せた。
ウイグル訛りに戸惑いを覚え、少し経ってから1元(イーユェン)のことと気付いた。
ここから先はウイグル語の文化圏に入る。
覚えたての北京語がどこまで通じるのか、不安が過ぎる。

新彊ウイグル自治区―――しかしここに住む彼らは自分たちの土地を東トルキスタンと呼んで独自の国家設立を望む。
遠く離れたアメリカの首都ワシントンDCには東トルキスタン亡命政府が存在する。

コルラを出た列車は、いよいよ本格的にタクラマカン砂漠を走る。
夜行列車のため窓の外はただひたすら暗闇が続く。
部屋の照明を消し、軟臥のベッドに備え付けられた読書灯のスイッチを点けた。
仰向けに寝転がり、上段のベッドの底を見るともなく物思いに耽る。

旅に出る数日前、チベットの僧侶がデモを起こして100人近くが逮捕もしくは殺害されたとニュースで聞いた。
チベットでは日頃から公安によるチベット人への拷問や、出産制限と称する非人道的な手術などが行われていると聞く。
血の粛清として、漢民族だけの世界構築を目論む中国という国家による他民族排斥。
ならばこの新彊ウイグル自治区でもチベットと同じ行為が行われていてもおかしくない。
しかし彼らと辛苦を共にすることなど決して出来ない。
しょせん自分は軽薄な異邦人に過ぎないのだと思うと、己の無力さに腹が立つものの、断続的に響く車輪の単調な音が眠りへと誘い、思考は急速に鈍くなって行く。
重い瞼に耐えきれず、手探りで読書灯を消した。

朝7時、人の気配で目を醒ました。
いつの間に入って来たのか、向かいの軟臥で小太りな男がイビキをかいて眠っていた。
私が眠っている間に途中の駅から乗り込んだのだろう。
窓の外はようやく白ばみ始めたばかりで、地平線の彼方まで一面に砂利の砂漠が広がっている。
北京時間で7時。
しかし非公式なウイグル時間ではまだ朝の5時。
中国は広い。

朝の光が人を動かすのか、廊下に出ると車内の空気が活気を帯びていた。
隣の食堂車は早くも満席のようで、奥の厨房から中華鍋のコンロを叩く甲高い音が耳を打つ。
無愛想な鉄道服務員らの笑顔で話しながら顔を洗ったり寝ぐせを直したりしている姿や、部屋から出入りしたり廊下を行き交う乗客らの軽い足取り。
皆どこかイソイソと浮足立つ空気が、旅の終焉の近付いていることを物語っている。
タクラマカン砂漠に朝陽が昇る。
終着駅カシュガルまであと5時間弱。
まだ見ぬ土地に、心急く気持ちが止まらない。

(今日の写真:西の空へ at 南彊線/中国・新彊ウイグル自治区)
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080512

scott_street63 at 00:11|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 中国