February 2011
February 16, 2011
A long night in Kolkata. 1
陽の暮れかかる頃、飛行機はコルカタに着いた。
空港を出るとすぐにタクシーの運転手が群がって来る。
ここではタクシーを整理するシステムは無いらしい。
私は髭面の小太りな中年の運転手を選んだ。
「サダルストリートまで。」
「Sure.」
丸っこいフォルムの黄色いタクシー。
後で調べたところ、ドイツ製のアンバサダーという車らしい。
タクシーがトヨタじゃないというだけで、遠くまで来たという到達感に浸ってしまう。
タクシーは陽が落ちて薄暗い街を気が狂ったように飛ばした。
市内に近付くにつれて交通量が増してもなお飛ばした。
クラクションをお構いなしに鳴らし続け、あわや衝突かと思われるギリギリのところで器用に素早く交わす。
ひどい時は中央分離帯を越えて対向車線を逆走するものだから、生きた心地がしない。
しかしそれは私の乗ったタクシーだけではなく、皆そうなのだ。
車線など在って無いに等しかった。
片側3車線の道に5〜6台が並ぶ。
交差点に差しかかるともはやカオス。
その中に自転車までもひっきりなしに手元のベルを鳴らしながら入り込んでくる。
これでは事故が起こっても誰にぶつけられたのか分かったものじゃない。
タクシーはやがて大きい通りから外れ、ぐねぐねと曲がりくねる住宅街へと入って行った。
抜け道なのか…?
信号で停まった所で訊いてみた。
「サダルストリートはまだ遠いのか?」
「ノー。あと約1キロだ。」
信号が青になり、再び走り出す。
それから裕に20分は走ったが、まだ到着する気配はなかった。
「あと何分かかる?」
「なに、あと5分だ。」
それから10分過ぎたが、まだ走っていた。
再び信号で止まったところで、今度は運転手から訊いてきた。
「ホテルは予約してあるのか?」
「いや、まだ。」
「いいホテルを知ってるんだ。」
来た。
こんな誘いには十分注意しなければならない。
とは言え、こういった客引きでスペインでは二度も助けられている。
話を聞くと、1泊1,000ルピー(約2,500円)で長く泊まれば割引きもある。
フロントスタッフも常駐で安全だと言う。
「部屋にカギは付いてるか?」
「風呂は湯が出るか?」
いくつか確認で聞いてみる。
風呂で湯が出るというのはホテルの質を測る大きなポイントとなる。
回答は「Yes.」だった。
最後に念押しで、
「それは本当にサダルストリートだろうな?」
と訊くと、それももちろん「Of course, Yes。」だった。
1,000ルピーはちょっと高いが、短期の旅行なんだからちょっとぐらいいいか。
そう考え、OK、行ってくれと回答した。
運転手の薦めるホテルに着いた。
小さな間口のホテルで、フロントはあってもロビーはない。
フロントにはターバンを巻いた顎髭の逞しい大きな男が立っていた。
チェックインの前にももう一度、部屋にカギが付いているのか、風呂は湯が出るのかと確認する。
それでも半ば疑いながら宿泊者名簿に記帳した。
「パスポートを見せて下さい。」
言われるままにパスポートを渡し、ポーターと思しき若い男が私のバックパックを持って階段を上り始めた。
「待て。パスポートを返してくれ。」
「後でお返ししますから、お部屋でお待ちください。」
そう言われてポーターの後を付いて行った。
部屋は大して広くなく、大きなクイーンサイズぐらいのベッドが部屋の大半を占めていた。
その手前に小さなイスと机。
鏡台には一丁前に便箋セットがあった。
便箋のレターヘッドにはこのホテルの名前と住所が書いてある。
住所は……Free School Street?
どこにもサダルストリートなどと書いていない。
慌ててフロントに電話した。が、通じない。
バックパックをチェーンロックで戸棚の取っ手に固定してから部屋を出、フロントの顎髭の男に問い詰めた。
「おい、ここは何処だ?オレはあのタクシーがサダルストリートのホテルだと紹介したからここに来たんだ。だけどここはサダルじゃない。」
「Yes。ここはサダルストリートじゃない。」
「サダルまでここからどれぐらいかかる?」
「約1時間。」
やられた。
約1時間て、何キロ離れてるんだ?そもそもここは何処なんだ?
コルカタのメインストリートであるチョウロンギ通りに行けば分かるだろうか。
「チョウロンギ通りはどっちだ?」
顎髭の男はアバウトに右の方を指差した。
タクシーでもつかまえてこの目で確認しようと、私は夜の街に出た。
(つづく)