May 2011

May 06, 2011

A long night in Kolkata 3


注文して間もなく、所々いびつに歪んだアルミ製のカップに注がれたチャイが運ばれた。
シナモンとクローブのよく効いたエキゾチックな香りが強く惹き付ける。
男は青年と初めて会ったような会話を英語で繰り出していた。
 「君は何処から来たの?――へぇ、バングラディッシュ。するとダッカ?――あぁ、やっぱり。」
自称バングラディッシュ出身の青年は、静かに頷いたり短く一言二言話すだけだった。
 「私ハはうらー駅カラ5駅離レタ所ニ住ンデイマス。今日ハ2週間前ニ注文シタ妻ノぱんじゃびどれすヲ受ケ取リニ来マシタ。」
彼は妻の誕生日祝いであることを説明し、彼が日本の埼玉から帰国して彼女と結婚した経緯や子供が何人いるなどの話をしたが、私は殆ど上の空で聞いていたのでよく憶えていない。
静かにチャイの香りを楽しみたかったから、男の話が煩わしくて仕方がない。
寧ろさっさと本題を出せとばかりに思っていた。
彼は一通り話し終えたところで言った。
 「今カラソノ店ニ行クンダケド、君モ来ナイカイ?いんどデ絶対ニ損シナイ交渉ノ仕方ヲ教エテアゲル。」
男は言った言葉を英語で青年にも話した。
 「そうだ、それがいい。君はまだインドに来たばかりだから、きっとみんな君を騙して高く売り付けるに違いない。」
青年も補足するように英語で促す。
興味がないからと断ると、
 「オ土産ハ買ッテ帰ルンダロウ?本当ニ良イ店ダカラ行ッテ損スルコトハナイ。気ニ入ラナカッタラ買ワナキャイインダカラ。」
青年も「うん、そうだ。そうした方がいいよ。」と半ばゴリ押しされ、まぁいいかと、どのように騙すつもりなのかと興味もあって結局付いて行くことにした。
時刻は既に夜の9時を回っていた。


店は本当に近かった。
しかし全く人気のない奥まった所で、看板も出しておらず、誰にもその存在を気付かれないほど小さな店だった。
狭い店内に私を挟むような形で3人で座り、ショーウィンドー越しに店員二人と向き合った。
ショーウィンドーの中にも外にも所狭しと刀剣類やら木彫りの像やら宝石やらが並べられていたが、私の目を奪うような魅力的なものは何一つなかった。
日本語を話す男がパンジャビドレスを受け取り、私に見せたり触らせたりしたが、やっぱり魅力を感じない。
 「悪いけど、買いたい物はここには何もない。私は帰ります。」
まぁ待ってと店員は私を制止し、次から次へと私に商品を出してきたが、やはり何も買いたいと思わなかった。
 「どれも要らない。」
 「何故だ?こんなにいっぱいあるのに、何故何も買わないなんて言うんだ?納得がいかない。」
インド人は何故だ?という質問が好きだと何かの本で読んだことがある。
たとえどんな下らない理由であろうと、それが理由である限り納得するらしい。
 「説明してあげましょう。率直に申し上げて、どれもデザインが古い。今どきこんなデザインは流行らない。あなたは街で若い女性がこんなスカーフしているのを見ますか?私は中年のおばさんか、それ以上の年齢の人しか見たことがない。指輪とか小物にしても、どれもセンスが悪い。だから買いたくない。」
そこまで説明したらグーの音も出まいと思ったら、さすがに商魂逞しい、「ちょっと待っててくれ、いま倉庫へ取りに行くから。」と店員の一人が出て行った。
まだやるつもりなのかと、この4人でグルになった猿芝居にさすがに辟易した。
 「申し訳ないけど、数時間前にインドに着いたばっかりでもう疲れきってるんだ。もう帰らせてくれよ。」
いかにも弱々しくそう言うと、日本語を話す男が、
 「ソウダナ。ジャアマタ明日、ばらなしニ行ク前モウ一度ココニ来マショウ。」
と言って私を解放し、青年に私をホテルまで送るようにと言い付けた。
 「明日ハ何時ノ列車ダイ?」
 「10時。」
 「ジャ、明日ノ8時ニサッキノ店デ待チ合ワセシヨウ。約束ネ。」
誰が来るものかと思いながら、私は店を出た。
青年の付き添いも断ったが、夜の一人歩きは危ないからと離れてくれなかった。


青年と私は賑やかなニューマーケットを通り抜け、フリースクールストリートを歩いた。
出来ればホテルを教えたくなかったが、どうしても付いて来るつもりらしい。
どうしたものかと悩んでいると、後ろから声が飛んで来た。
 「Hey, Friend !」
振り返ると、バンコクからの空路で隣りに座っていたスペイン人だった。
新聞紙でくるんだビール瓶を2本片手に持ち、見るからに貧しい身なりの女性を二人従えていた。
青年は怪訝そうに彼の頭から爪先までを首を上下に動かして見た。
 「知り合いかい?」
青年に聞かれ、私は心強く、
 「あぁ、マイフレンドだ。」
と答えた。
 「君のホテルはすぐそこのだね?明日7時半に迎えに行くから、ボクにチャイを驕ってくれよ。それと、あの男には気を付けた方がいい。君に悪さをするかもしれない。」
そう言われてようやく、この青年が私を騙そうとしていたことを確信した。
私にこう注意することで、自分の悪意をごまかそうとしたのに違いない。
彼はそう言い残して足早に去って行った。
(つづく)

scott_street63 at 14:28|PermalinkComments(2)TrackBack(0)  | 初インド旅記録