June 2011

June 04, 2011

A long night in Kolkata 4


 「また会えるなんて、なんてラッキーなんだ!一緒に飲もう!」
彼の登場はまさに渡りに船といったタイミングだったが、厄介な人間に遭ったという思いが脳裏を過ったことも否めない。
コルカタへ向かう飛行機の中で、彼は私のジュースがぬるいとキャビンアテンダントに掴み掛かったり、2本目のビールが遅いとギャレーへ怒鳴りこんだり、とにかく人騒がせな男なのだった。
彼は新聞紙で包まれたビール瓶を2本片手に持ち、見るからに貧しい身なりの女性を二人連れていた。
 「それより、この人達はどうしたんだ?」
 「向こうで会ったんだ。…お、そこの店で飲もう。」
彼は女性二人を連れて私の背後の食堂に入ったが、すぐに騒ぎが起こった。
 「なぜ入店拒否なんだ?カネなら払う。」
 「ダメなものはダメだ。」
 「何故だ?料理だって注文する。何も損しないだろう?」
 「ダメだ。出てってくれ。」
インドはカーストの国だ。
恐らくは連れていた女性の身分に問題があるのだろう。
 「無理だよ。よそへ行こう。」
と私が背後から話しかけても、彼は決して諦めずに店の主人に喰いついたのだが、最終的に店の外壁脇なら構わないという許しが貰えた。
つまり結局のところ入店は拒否されたのだった。

四人で地べたに座り込んでビールを回し飲んだ。
と言っても女性二人はビールを口に含んだ途端にがい顔をして、二度と口にしなかった。
 「で、子供が何人いるんだって?」
スペイン人が恐らく私と会う前までの話の続きを始めた。
 「わたしゃ4人だよ。上の2人はあっちの駅の中で住んでる。下の2人はまだ小さいんだよ。」
 「わたしは2人。小さい子供だけさ。」
 「なんで子供なんか作ったんだ?金も家もないのに。」
 「男がカネをくれると言ったから。」
恐らくこの二人はこのスペイン人に物乞いをして、さっきのような「何故だ?」攻撃に遭ったのだろう。
しかし二人の外見からではとても赤ん坊がいるような若さには見えない。
私は何も言えず黙ってビールを飲みながら話を聞いていると、スペイン人はとんでもないことを質問した。

 「で、何回ヤッたの?」

思わずビールを吹きかけた。
いくら疑問に思っても普通聞かないだろう?文化の違いとかそれ以前の問題だ。
ところが、そんな不躾な質問をぶつけられた2人を見ると、驚いたことに少女のような気恥ずかしさを見せ始めたのだった。
顔を赤く染めてモジモジと俯きながら、
 「7回。」
 「アンタなんかまだいいわよ。わたしゃ4回さね。」
と短く答えた。
時間はもう夜の10時を過ぎていた。
スペイン人は2人に200ルピーずつ渡して帰らせた。


 「さて、踊りに行かないか?」
老婆のように見える二人を帰らせた後、スペイン人は私にそう持ちかけた。
これだけ繁華街に近ければナイトクラブの一軒くらいあるはずだ、と彼は言う。
明日は朝早いというのに今から踊りに行くとなると帰れるのは一体何時になるだろうか…などと悩みつつ、かと言ってこのご機嫌な笑顔を見せるスペイン人の気持ちを挫くのも申し訳なく、結局私は意に反して「イイねぇ!」と答えてしまうのだった。
 「ところで…これから宿を探さないといけないんだ。」
驚いた。
もう夜中近いというのに、しかも私と同じ時間にコルカタに着いたというのに、まだ宿を決めていないとは無計画にも程がある。
とりあえず踊りに行く前に宿だけは先に決めた方がいいと説得し、サダルストリートにある欧米人には有名らしい古い洋館のゲストハウスに行った。
門の前でさっきのリクシャーの爺さんが門番らしい男と話していた。
建物に入るとすぐに受付の男が出て来て、スペイン人は交渉し始めた。
私は洋館のリビングのソファで座って待つことにした。
仄暗い静かなリビングで、私の他に欧米人が二人、ひと言も話さず本を読んだり寝転がって天井を眺めたりしていた。
暫くして激しい口論が閑静な館内に響き渡った。
 「何故だ?オレは一人で泊まるんだ。なぜ二人分も払わなくちゃならないんだ。」
 「だから言ってるだろう。二人用の部屋しか空いてないんだ。」
 「でもオレは一人なんだ。ツインの部屋しか無いからって、なぜ二人分払う必要がある。」
 「イヤならいいんだ。宿は他にもあるだろう。」
かなり長く揉めた結果、部屋代を多少負けてもらうことで決着がついたようだった。

じゃあ踊りに行こうということになり、門番とリクシャーの爺さんに近くに踊れる所はないかと尋ねると、二人は考え、話し合い、一つの答が出た。
 「あっちの方向にあるが、君らは入れてもらえないだろう。」
 「何故?」
 「上流階級の坊やの集まる所さ。そんな汚いカッコじゃ無理だ。」
実際に行ってみると、たしかに話の通り店の中には奇麗に着飾った青年が集まっていて、店の前にはスーツを来たガードマンが立っていた。
その前を彼は自然にスルーし、扉を開けて中に入った。
私は外から様子を見守っていたが、当然の結果として彼は中にいたガードマンから押し戻されて出て来た。
そしてまた「何故だ!?」の押し問答を繰り広げる。
更にあろうことか私を指差し、
 「オレの友達は僧侶なんだぞ!」
などとウソを言う始末。

結局踊るのは諦め、私と彼はすぐ近くのやや高級なレストランに入ってカレーとパンを食べた。
私は彼の呆れるばかりの強引さに、もはや尊敬すら覚えていた。
 「君はまったくグレートな男だよ。尊敬してしまう。」
 「何故?」
 「君ほどポジティブな奴は見たことがない。ぼくはネガティブだからね。」
 「それはダメだ。キミ自身を変えないと。」
 「分かってる。分かってるけど出来ないんだ。」
 「何故?」
 「……。」
 「You must change.」
彼はまた、スペインに残して来た恋人のこととイスラエルにいる愛人のことを話し始めた。
 「オレはいずれスペインに帰ってイザベラと結婚するつもりなんだ。だけど本当に愛してるのはこのサラなんだ。」
と、彼はノートに挟んでいた二人の写真を見せてくれた。
 「愛こそ真実さ。君もそう思わないか?」
不貞を働きながら何が愛かと私は呆れたが、地中海に面した土壌では降り注ぐ太陽がそんな思考を生み出すのだろうか。
日本の湿っぽい土壌とは全く異なるのだろう、私は彼を苛めるつもりではなく、全く他意なく彼に答えた。
 「違うよ。愛なんて夢さ。結婚は現実だ。」
私の言葉に彼は目を丸くして驚いて見せた。
彼は「Love is a dream... Marriage is the real...」と私の言葉を何度も復唱した。
彼のショックを受けた姿を見て、なんてネガティブなんだろうと私は自責の念に駆られた。
私の頭の中では彼の言葉が何度も響いていた。
 「You must change.」

レストランを出て、私と彼は途中まで一緒に帰った。
真夜中のサダルストリートは静かで、野良犬の街と化していた。
彼のゲストハウスの前まで来たとき、彼は持っていたカバンからノートを取り出し、私に名前を書いてくれと言った。
書くと、今度は彼がそこに自分の名前を書き、そのページを破って私にくれた。
マルコという名前だった。

彼との出会いから6年が過ぎた今も、私が彼の名前を忘れたことは一度たりともなかった。


scott_street63 at 01:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)  | 初インド旅記録