August 2011

August 08, 2011

Escape from Kolkata.


翌朝、私は6時にハッキリと目を醒ました。
あの青年が迎えに来る前に出て行かないと…!その気持ちで一杯だった。
30分で身支度と荷造りを済ませてフロントに行くと、ホテルの男たちがソファや床に布団を敷いて寝転がっていた。
声をかけると昨夜の髭の逞しい男が起き上がり、手続きをしてくれた。
彼は眠気まなこで宿泊費の1,000ルピーを数えると、
 「OK, Bye...」
とだけ言って再びカウンター下の寝床に戻った。

タイでの午前6時は市が最も賑わう時間帯だが、インドではそうでもないらしい。
街はまだ静かなものだった。
路上生活者は軒下でまだ寝ていたり、ただ茫然と立ち尽くしていたりと、昨夜の騒がしさが嘘のように息を潜めている。
4
ひっそりとしたフリースクールストリートを写真を撮りながら足早に歩く。
中古で買った銀塩カメラの小切味良いシャッター音が響いて聞こえる。
街はまだ仄暗く、シャッタースピードを遅く、露出を大きめにしなければならず、撮る際にはブレないように細心の注意を払った。
昨夜チャイを飲んだニューマーケットを無事に抜けると、ひとまず胸を撫で下ろした。
それにしてもここの大人は本当に無邪気らしい。
異国から来た私に「ヘイ、ジャパーニー。」と気軽に声をかけては、写真を撮ってくれと頼んでくる。
水道か何かの工事をする男などは、わざわざ穴に潜ってツルハシを構え、いかにも真面目に働いているというポーズをとった。
それでいて自分の住所に送ってくれとも言わないのだから不思議だ。
写真というものは日本でも昔はハレの日にしか撮らないものだった。
そう考えると、撮られるだけで彼らは嬉しく感じるのかもしれない。


チョウロンギ通りを渡ってしまえばもう安心だ。
時刻は7時15分。鉄道の時間まであと3時間強。
有り余る時間の消化に困ったが、ゆっくり歩きながら駅に行けば大丈夫だろうと考え、
取り敢えず露店のチャイ屋で一服。
歩いていると、時間と共に徐々に人通りが多くなってきた。
コルカタはインドの中でも有数の商業都市らしく、市電は人で溢れ、地下鉄の出口からぞろぞろと人が流れ出て来る風景を見ていると、日本となんら変わらない。
やがて庁舎と思われる古めかしい英国様式の建物が幾つも並ぶ通りに出た。
イギリス統治時代の歴史を物語る苔生した外壁に感動しカメラを構えたところで、私を制止する声が飛んで来た。
インドでは珍しく髭を蓄えていない老人が私の方に向かって歩いてきた。
 「ここはコルカタ・カントと言って、政治的な建物が多いから写真を撮ってはいけない。見付かったらカメラは没収される。そら、その古い建物は裁判所だし、あそこは議事堂だ。カメラは早くカバンにしまいなさい。」
なるほど、道理でここら辺は古めかしい建物が多いはずだ、とすっかりその男の言葉を信じこんだ私は礼を述べ、また歩き出したら彼も並んで歩いた。
 「日本人かね?」
 「いえ、韓国人です。」
日本人と言えばカモにされるかもしれないと思い、敢えてウソを吐いた。
 「今から何処へ行く?」
 「ハウラー駅からバラナシへ行くところです。」
 「とすると10時半の急行だろう?まだ3時間もあるじゃないか。」
 「だから写真を撮りながらゆっくり歩いてるんです。」
 「カーリー寺院は見たかね?ヒンドゥの寺だから君は入れないが、私が一緒に行けば
OKだ。すぐそこだから行ってみないか?」
老人に促されるままに歩いて行くと、確かにガイドブックでも見た白い建造物が見えた。
彼はカメラを隠すように言い、辺りを窺いながら私を案内しつつ、今の内に撮れと指示したりした。
ひと通り見た所で外に出ると、彼は、
 「おっと、私もお祈りをしていかないと…。」
と言って寺院に戻ったのだが、私の前に戻って来てこう言うのだった。
 「お前さんの分も祈っておいてやったぞ。なに、お賽銭は300ルピーだ。」
そう言って手を差し出す彼の仕草に、暑さも手伝って私はすぐに頭に血を昇らせた。
 「いつ俺がそんなことを頼んだ?余計なお世話だ。俺は払わない。」
と言うと、彼も興奮して見せた。
 「儂は親切で案内をしてやったんだぞ。ガイド料を支払うのが当然じゃないか!」
 「俺は頼んでいない。契約もしていない。だから払わない。」
すると彼は急に弱々しい悲しそうな表情に変え、
 「儂は貧しい生活をしてるんだよ。この老いぼれにそんな酷いことを言うのかね。」
と泣き落しに入った。
彼を放って丁度通り掛ったタクシーを捕まえると、老人とは思えない素早さで彼も乗り込んできた。
 「ハウラー駅の飲食物は殆ど腐っているから駅のレストランに入っちゃいけない。ここで買っておいた方がいい。そら、あの店だ。買って来てやろう。」
と彼は運転手に待っておくように指示したが、彼が車を降りた隙に私が「出してくれ。」と言うと、経緯を推してくれたのか運転手はアクセルを踏んだ。
私は後ろを見ないことにした。
彼が買い物を済ませた姿を見ると、哀れに思えて買い取ってしまうに違いなかった。
老人の事はもはや過去の事。
過去への執着など捨て去って、聖地バラナシを目指していざハウラー駅へ。


果たして、彼は本当に買い物を済ませたのだろうか?
自称ガイドの老人の事を思うと6年が過ぎた今でも胸が痛む。
そんな私はとんだお人好しだろうか。
執着はそう捨て切れるものじゃない。


(きょうの写真:早朝のサダルストリート入口)

scott_street63 at 01:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)  | 初インド旅記録