July 2012

July 28, 2012

A Midsummer Night's Dream @Muang Sing


節電の夏始まる。
計画停電は果たして実施されるのか。
エレキテルの発明以来、我々は電力によって数多のアビリティを獲得して来た。
夜は昼の様になり、遠隔の友と顔を合わせて交信出来る。
電力こそ文明を拓く力。
国威を示さんとラオスの紙幣の裏には水力発電用のダムが描かれる。
しかし我々は力を獲得したつもりでいて、実は捕えられたのは我々なのではないかと時に疑わしくなる。
人は何かを所有することで、逆に囚われ束縛される。
言わば己が首を己れで絞めるが如し。
我々は気付かなければならない、何も持たぬ贅沢に、不便であることの自由に。
計画停電ならぬ計画「通電」であったムアンシンを懐かしむ。


午前9時、ルアンナムターを出発したソンテウは両手に水田の広がる道を走った。ソンテウ
荷台を客席に改造した2トントラックには朝市で買い物を済ませた乗客と荷物を満載している。
ムアンシンへ向かうこのバスの中では、外国人である私を特に珍しく見る目は無かった。

2001年8月、ラオスの首都ヴィエンチャンから国道13号線に沿ってバンビエン、ルアンパバーンと1週間をかけて回った私は、8日目に訪れたルアンナムターで初めて計画通電を知り、衝撃を受けた。
通電時間は夕方6時から9時までの3時間。
その時間以外はテレビはおろか室内の照明も使えない。
6時になると住宅街の其処此処から収録された嘘くさい笑い声が漏れ、9時が過ぎた途端に町中のブレーカーが落ちたように静まり返る。
街灯も点かず、街は暗闇と化す。
聞いてはいたものの、いざその最中に身を置くとやはり衝撃的であり、如何に自分が電力に依存していたかと思い知らされた。
とは言え2日目には慣れるもので、ムアンシンの通電時間がさらに短い2時間と聞いたところで、特に不安になることもなかった。

ムアンシンは非常に小さな町だった。
中国国境へと向かう国道沿いとその周辺に商店や民家が点在している。
バスはその中心に位置する市場を終点としていた。
雨傘を差す程でもない微妙な小雨続きの天候に、不快にぬかるんだ市場の地面を踏みながら国道に出る。
辺境の町だけにどの宿も程度はあまり変わらないと見え、安直に市場の隣りのゲストハウスにチェックインした。バンガロー(?)
竹を編んで作られた簡素なバンガロータイプ。
一棟2部屋で構成され、私の通された部屋の隣りは欧米人カップルだった。
とりあえず「Hi.」と挨拶を交わした。

町内を散策に出ると、アカ族の衣装を身に纏った老婆が数人、みやげ物の様な手工芸品を売り回っていた。
一人が私に話しかけて来たのでカゴの中を覗いていると、他の売り子も一斉に私の周りに集合し、我も我もとカゴを見せてくる。
一人から黒い布に青い糸で木の実を幾つも縫いつけたリストバンドを買うと、他の老婆も次々に同じ物を差し出して来る。
断ると、
 「アイツのは買ったのに私のは買わないなんてズルイじゃないか!」
とでも言っているように怒り出す。
それでも断り続けていると、終いには肩に掛けていたカバンから乾燥させた大麻を出して来る始末。
多くの旅人がこのムアンシンを好んでいると聞くので来てみたが、私には余り好きになれなかった。うろつく老婆

宿に戻ると、私のバンガローの隣りの棟にひと組のカップルがウッドデッキで話していた。
一人は短髪で、見るからに日本男児的な黄色人種。
もう一人は褐色の肌の小顔美人。
インド人か?…とすると隣りの男は日本人じゃない?
そんなことを考えながらバンガローへ続く道を歩いて行くと、彼らも会話を止めて接近する私を凝視して来た。
互いの正体を探り合う微妙な距離と気まずい沈黙。
口火を切ったのは褐色の女だった。
 「アーユージャパニーズ?」
日本人特有のベタな発音に、どこがインド人なのかと自分の目の節穴さ加減に呆れてしまった。
彼らは彼らで、私が日本人とは思えなかったと言う。
その可笑しさにまずは3人で笑い合った。

遅い午睡の後、夕方、突然部屋の照明が明るくなった。
外は既に暗く、通りに出ると彼方此方からテレビの笑い声が聞こえて来る。
遅れて出て来た隣りの日本人と合流して近所の中華料理屋に入ると、各国からやって来たバックパッカー達がテレビでサッカーを観ながらビールを飲んでいた。
我々3人もその中に入り、食べて飲んで笑った。
国籍に囚われず騒ぐ楽しい宴に、突然の停電が水を差す。
通電時間が終わったのだ。
あっという間の気ままな宴会が開けて外に出ると、真っ暗な道端で露天商が懐中電灯をぶら下げて商いを続けている。
上空では厚い雨雲の切れ間から粒の大きな星が幾つか地上の生活を覗いている。
露店でビールを買って二人の部屋にお邪魔した。
ローソクに火を灯し、3人で囲んで旅の話に花を咲かせる。
男が鞄から小さな紙と煙草の葉を取り出した。
巻きタバコか。
紙と葉を別々に買うと安いんだよな、と思っていたが、煙草にしては匂いがなんだか甘い。
 「吸ってみる?」
 「馬鹿、勧めるなよ。」
と男が制したが、女から手渡された1本を口に咥えながらローソクの火に近付けて息を吸い込んだ。
メンソールのような、植物系の香り。
 「煙草は合法なのにコッチは非合法っておかしいと思わない?煙草だって中毒性あるしカラダにも悪いんだから、こっちの方がむしろ健康的じゃない。」
話を聞きながらもうひと口吸い込んでみたが、咽せ返してしまった。
煙草の吸えない私には、それでさえも猫に小判なのかもしれない。
時々激しく揺れるローソクの不安定な火は、ただそれだけで妖しくも心地良く扇情させる。
夜の静寂に澄む虫の声、甘い香りとアルコール。
とろけるような辺境の夜。
暗闇に包まれて人は蠢く。
真なる夜を知った。


後日談
メコン川を渡ってタイに入国した所で、今からまさにラオスへ渡るイスラエル人カップルと出会った。
 「ラオスはどうだった?」 と聞かれ、
 「電気が2時間しか使えない。」 と答えると、
 「ファンタスティック!」 と笑顔で返された。
停電万歳。

テレビに群がる子供ら


scott_street63 at 17:58|PermalinkComments(0)  | ラオス