October 2012

October 02, 2012

Kolkata, Again.1


本年2012年は日印国交60周年に当たる年である。
その記念の一環として、10月9日〜31日までニューデリーにあるAIFACS(All India Fine Art & Craft Society)にて畠中光享日本画展が開催される。
私は光栄にも氏の絵画22点の梱包から輸送、保険手配までを託されることとなった。
その背景には、母が趣味で描く日本画の師匠として氏と交友を持っているのだが、三年前に日本大使館の要請によりバルト三国で個展を開いた際に母から頼まれ私が輸送を手配した経緯があり、今回もということで氏がスポンサー兼主催者である某大手製薬会社に私を推薦して戴けたのだった。
その栄誉とは裏腹に、スポンサーからの無茶な要望や各業者との交渉は難を極め、そのストレスに暴飲暴食に走る始末。
よくも人は己の主張のみを一貫して他人に押し付けられるものだと、改めて呆れ返る。
人の話は聞かず、むしろ人が話している最中にも覆い被せるように己の話を始める姿は日本の稚拙な国会を彷彿させるが、同時に、インドで出会った人々の面々をも思い出させる。
あの暑い日光の下で衝突する男達の大声、引切り無しに鳴り響くクラクション、巻き上がる砂埃と排気ガス…
開催前日に行われるオープニングセレモニーには私も招待されている。
最低で最高の国インドに今から胸をときめかせずにいられない。


再びコルカタ。
思い返せば疲れ果てていたのかもしれない。
翌朝、コルカタに戻る鉄道の中で私は残り2泊の宿を求めてガイドブックのページを繰り、空港に程近いホテル「Host International」に決めた。
帰りの便が早朝のため空港に近い所が便利なことは確かなのだが、街はおろか日本領事館からも遠い不便な立地に、一刻も早く帰ってしまいたいという臆病風に吹かれたことは否定できない。
ホテルは空港へ真っ直ぐ伸びる大きな国道の脇に隠れるように建っていた。
2階建てのこじんまりとした建物で、庭には屋根まで隠す木が何本も植わっている。
しかしながら王族に仕える近衛兵のような制服に身を包んだ顎髭の逞しい門番が入口に立ち、同じく制服を着たポーターと物腰の柔らかなフロントデスクの対応は一流ホテルにも引けを取らない居心地の良さが感じられた。
チェックインの際にパスポートが無い旨を説明すると、快く了解。
部屋まで荷物を持ってくれたポーターにチップを遣ると、何故お金をくれるのか分からないといった驚きを見せ、スレていな素朴さもまた気持ちが良かった。
周囲に何も無いのが玉にキズか。

日本領事館でパスポートを取り戻した私は、帰りの便のリコンファームのためにインディアン航空の事務所へ向かった。
最寄駅であるエスプラネード駅はオフィス街の中心にあり、夥しい人間がひと言も発さず黙々と歩く光景は日本とまるで大差ない。
インドにいることを忘れてしまう。
むしろインドを異世界として偏見を持ち過ぎていたのかもしれない。
しかしやはり違うことにすぐ気付く。
後続の人間に押されながらところてん式に地上へと踊り出るとすぐ左手にインディアン航空のビルが建っているのだが、右手には赤ん坊を抱いた美しい女性が路上に茣蓙を敷いて座っていた。
地下鉄の出口という雑踏夥しい中で座る若い女性のホームレスは日本では目を見張る光景に違いない。
凝視しまいと考えまずはリコンファームを済ませたが、再び地下鉄へと向かって彼女の前を通り過ぎる際に横目で見てみると、その赤ん坊の顔はクシャクシャの猿のようで、明らかに生後2〜3日と見て取れた。
人々が黙々と足早に過ぎ去る歩道の脇で、女性は汚れた衣服を纏い、膝の上で眠る赤ん坊の背中を優しく叩きながら座っている。
何か…何か自分に出来ることはないか…!
余りにも小さく弱いその嬰児を見て、やたら焦燥感に駆られて考えた。
現金を渡すに越したことはないのかもしれないが、しかし今すぐにでも必要なのは母親の栄養ではないか。
そう思い立って果物屋を探し回り、バナナを一房と100ルピー紙幣1枚を彼女に渡した。
 「可愛い赤ちゃんですね。」
と英語で話すと、恥ずかしそうに微笑んで、
 「Thank you.」
と答えた。
こんな貧しい人でも英語が通じるのだから驚いた。
 「あなたは、この路上でこの赤ちゃんを産んだんですか?」
 「Yes...」
信じられなかった。
路上で出産するなんて…!
元気でね、と言って立ち去りながら、目頭が熱くなって涙をこぼしてしまった。

それはともかく日本への土産も買わなければと思ってサダルストリートへ行った。
そう言えばマルコはどうしているだろう?
まだあの宿にいるのだろうか?
そう思って彼の泊まった洋館へ行ってみた。
 「すみません、ここにマルコというスペイン人はまだ泊まっていますか?」
と門の前に立っていた男に尋ねてみると、
 「マルコ?あぁ、あの男か。奴ならもうここにはいない。マザー・ハウスに行ったよ。」
マザー・ハウスと言えばかのマザーテレサが奉仕活動の拠点としていた場所だ。
そうか、ボランティアに行ったのか。
残念だったが、意外な行動に尊敬した。
 「Hey, Friend.」
と背後から声が聞こえて振り返ると、貧しい身なりの皺だらけの女が二人、そこに立っていた。
 「よぉ、ジャパーニー。何処に行ってたんだい。」
二人とも不気味にニヤニヤと笑顔を浮かべている。
思い出した、あの時にマルコが連れていた二人に違いない。
 「子供たちが腹を空かしてるんだよ。ちょっと米を買ってくれないかぇ。」
そう言って彼女らは私の腕を引っ張って米屋のような店へと連れて行った。
 「ヘイ旦那、米をおくれ、米。」
と店の男に言って、ビニール袋に入れた米を二つ受け取った。
男に言われたままの金額を私が支払うと、また彼女らは言った。
 「ダル豆もおくれ。」
今度は先よりも大きめの袋にまた二人分。
さらにひよこ豆と小麦粉まで注文し、最後に粉ミルクまで注文したところで堪らず言った。
 「ちょっと待て!どれだけ払わせるつもりだ!?」
私の大声に彼女らは一瞬目を丸くしたが、またニヤニヤと笑い出した。
 「ヘイ、ジャパーニー、カネ持ってるんだろ?」
 「お前たちは勘違いしている。日本人は金持ちなんかじゃない。国は金持ちだけど個人は金持ちなんかじゃないんだ。」
 「じゃーお前はなんでここに居るんだ!?」
今度は女が声を荒げた。
 「私らは毎日食べるのが必死なのに、お前さんはこんな所まで旅行に来てる。金持ちじゃなくて何だってのさ!」
 「私らはフレンドだろ?払うのが当たり前じゃないか。」
もう一人も加勢して言ったところで堪忍袋の緒が切れた。
 「お前らなんかマイフレンドじゃない!!」
私は後も見ずにその場から早足で立ち去った。

地下鉄の吊革にぶら下りながら考えた。
あの地下鉄の出口に座っていた女性の聡明な顔立ちと謙虚な振舞いに比べ、彼女らの汚い、文字通りの乞食根性は腹立たしく思えてならなかった。
だが、「お前はなんでここに居るんだ!?」という声は今でも耳から離れない。
そうなのだ、日本の中ではそうではなくとも、世界から見ればやはり自分は金持ちの部類なのだ。
金持ちであることが罪悪なのか?
社会主義的な観点から富の分配は必要だとは思うけれども、だからと言って皆との平均化を図る程までは与えたくない。
そうだ、結局自分は他者よりも優位を保っていたいのだ。
なんだかんだと御託を並べたところで、つまり自分はケチな強欲ジジイと変わらないのだ。
自分という人間の小ささを思い知る。
こんな時マルコならどう言うだろう?
そうだ、だから彼はマザーハウスに行ったのかもしれない。
きっと彼はインドに来て彼の持つスーパーポジティブシンキングを打ち砕かれたのだ。
マルコと話したことを思い出しただけで、後味の悪さが和らいだ。
激しく彼に会いたくなった。
思い出し笑いを浮かべながら、ふわふわした心持ちで帰途に就いた。

(つづく)

scott_street63 at 02:58|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 初インド旅記録