January 2013

January 19, 2013

Kolkata, Again.2


宿命と書いて【さだめ】と読む。
即ち神に定められた運命。
結局人は神の敷いたレールから逃れることは出来ないのか。
2010年1月1日を以って離婚した私だったが、2011年の正月をバンコクで、2012年はマドリード、そして2013年はインド亜大陸の最南端・カニャクマリでと、それぞれの新年を新たなパートナーと迎えて来た。
新たな―――もとい、本来のあるべき形に戻っただけなのか。
それにしてはひどい遠回りをさせてしまったことを悔いるものの、それはそれで必要なプロセスだったのかも知れない。
誰も信じないだろうが、高校生の頃にいずれこうなる事は予見していた。
運命の人と言えば肯定的に聞こえるものの、私にとって運命とは受け入れ難い現実であり、傲慢な神の手から逃れようと約20年も必死に足掻き続けて来たのだった。
しかしながら元の鞘とは能く言うもので、いざ受け入れてみるとその居心地は良く、平安な心持ちに包まれる。
何故もっと早く気付かなかったのか。
俗なる人間ゆえ、モーゼ率いる烏合の群れの如く荒野を彷徨うことになったのに違いない。
神の定めたカーストを従順に受け入れる彼らは、世俗より一段高い所で生きているのかも知れない。


翌朝、ホテルの前の国道でタクシーを拾い、ダムダム駅から地下鉄でサダルストリートに向かった。
本来ならこの日にバラナシからコルカタに戻って来る予定だっただけに何もすることが無く、とりあえず心もとない現金を両替するついでに土産物を探す必要があったという理由もあるが、それにも増してまたもう一度あの美しい路上生活者に会いたかった。
昨日100ルピー紙幣を渡したものの、彼女の様な身分では却って使いづらいのではないだろうか、釣銭が無いからとちょろまかされたりはしないだろうかなどと心配し、今日の両替でもっと細かく崩してもらおうと考えた次第だった。

エスプラネード駅で地下鉄を降り地上に上がると、空は暗雲垂れ込め、地上では生温かい風が吹き、今にも大雨の降る雰囲気が漂っていた。
間もなく大粒のスコールが猛烈にサダルストリートを襲ったが、足早に歩いた私はなんとか両替屋の軒下に滑り込めた。
空は陽が落ちた後のように暗くなっていた。
強化プラスチックのクリアボードの前に座る親爺に20ドル紙幣とパスポートを渡すと、彼はパスポートの顔写真と私とを怪訝な目で見比べ、結局何も無かったように引出しから札束を出して黙々とルピー紙幣を数え始めた。
旅行前に二枚刈りに頭を丸めたものだから、訝しく思うのも無理はない。
彼は黙り切ったままパスポートを私に返し、次いでルピー紙幣を差し出した。
 「この100ルピーを10ルピー紙幣に崩して貰えないか?」
と訊くと、親爺は訊き返した。
 「何故だ?」
昨日会った母子のことを話すと、親爺は何も言わずに10ルピー紙幣を念を押しながら数えるように一枚一枚カウンターの上に押し付けながら重ねていった。
店の外の雨は依然強く、3人の欧米人が軒先に掛け込んで来て雨宿りを始めたかと思うと、両替屋の親爺に「Hey !」と笑顔を見せてまたすぐ走り去った。
好ましく思わないのか、親爺は鼻息を強く吹いた。
10枚の10ルピー紙幣と共に渡された領収証に署名すると、親爺は口を開けた。
 「ワシも昔は両替商を自分で営んでいた。それが交通事故で全てを失った。一時は家も無く、路上で暮らした。今では雇われて両替商をやっている。全ては神の思し召しのままにだ。」
そう言って彼は壁に掛けてあるモスクの絵に触れ、その手を額に当てて目を瞑り、祈りの言葉を呟いた。

雨が止んで両替屋を出ると、途中で昨日二人の乞食に連れて行かれた店に寄って粉ミルクを買い、再びインディアン・エアラインへ向かった。
彼女は私を待っていたかのように立っていた―――夫と娘と共に。
夫がいることにも驚いたが、その夫と娘が小奇麗な服装に身を包んでいる事にも驚いた。
彼女は夫に私を紹介し、彼は私の手を握って何度も有難うと言った。
5〜6才ぐらいになる娘も同じく「Thank you.」とはにかみながら微笑んだ。
彼らは粉ミルクのお土産に喜んでくれた。
驚きの余り、結局10枚に分けた10ルピー紙幣は出しそびれてしまった。

これしきの事で彼らを貧困から救ったことにならない事は分かっている。
焼け石に水程度のものに違いない。
所詮は自己満足に過ぎない。
両替商の親爺の祈る姿が瞼に焼きついて離れなかった。
飢えも貧しさも、全ては神の定めたこと。
その真意を理解することなど人間には出来ない。
だから彼らは全てを受け入れて路上で生活しているのだ。
現実に不満を言わず宿命を受け入れるインドの路上生活者こそ、聖なる高みに座している尊敬すべき人々に違いない。


scott_street63 at 04:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0)初インド旅記録 |