April 2013

April 25, 2013

Epilogue.


列車が出発して間もなく世界は夜に包まれた。
2012年12月30日、17時30分チェンナイ・エグモア駅発カニャクマリ・エクスプレス。
かつてマドラスと呼ばれた南インド最大の都市チェンナイから夜を通してインド亜大陸最南端の聖地・カニャクマリを目指す。

 「デリーで子供に取り囲まれて大変だったんですよ。」
奇遇にも同じ車輌に乗り合わせた日本人青年が言った。
1等寝台車は通常4人分のベッドで構成されるコンパートメントなのだが、私と妻の部屋は2人用だった。
コンパートメントは一車輌に4.5室。
まさか気を遣われた訳ではあるまいが、私らは良い具合に半端な0.5室分を宛てがわれたのだった。
 「空港からオートリクシャーで市内に向かったんですけど、信号で止まった時に群れになって寄ってたかられて…」
見知らぬインド人3人と相部屋になった彼は、珍奇な場所で思いがけず居合わせた我々の部屋に話しに来ていた。
インドでは鉄道の座席は発券時に指定出来ず、発車前に各車両の入口に乗客名と座席番号が貼り出される。
そこで私と妻は我々以外の日本人名を発見し、あとで遊びにおいでと声を掛けたのだった。
 「学生さんの貧乏旅行ならともかく、外国人は多少高くてもプリペイドタクシーに乗らないと。インドは初めて?」
3人で下段のベッドに腰掛け、駅の売店で買った菓子をつまみながら話す。
 「はい。普段はヨーロッパばかりなんですけど、一度インドには行きたいとずっと思ってて…。で、初めてのインドであんな目に遭って、1日目で萎えましたね。」
ははは、と笑いながら話が弾む。
 「インドにはもう何回も来てるんですか?」
彼の問いに、初めてのインドがもう何年前だったのかと思い返してみる。
もう遠い昔のことなのか、何時のことだったのかまるで思い出せない。
鮮明に脳裏に浮かぶ雑然とした街並みのコルカタ、バラナシの牛、マルコ…。
カーテンの隙間から闇夜が覗く。
列車は軽快に音を立てながら、南へと一途に走り続ける。


初めてのインド旅行を含め、インドには4回訪れた。
コルカタとバラナシを訪れた後、前妻と1度、仕事で1度、そして今回のカニャクマリで4度目になる。
帰国してから調べたところ、初めてインドを訪れたのは2005年、前妻との結婚を控えた時分だった。
そして今回のインド旅行も二度目の結婚を二週間後に控えている。
まるで何かの儀式として訪印している訳ではないのだが。
私はインドの魅力には取り憑かれなかった。
オートリクシャーに揺られてガンガーに架かる橋を渡った夜を思い出す。
 「ジャパーニー、これがガンガーだ。」
と自慢げに話す運転手とは裏腹に、ガンガーの黒い川面に並んで映る燈火を眺めながら、私はメコンを懐かしんだ。
それだけに、私は1年に1度は必ずラオスを訪れている。
インドを訪れた者は好むか嫌悪するかの二極に分かれると聞く。
前妻は二度と来ないと言う程にインドを憎んだが、私は、どちらかと言えば好きかもしれない程度で終わった。
にも拘わらず、ひとたびインドと聞くだけで危険で甘美な憧憬に誘われるのは何故だろうか。
それがインドの魅力なのかもしれない。


夜8時を過ぎた頃、特急カニャクマリは大きな駅に5分ほど停車した。
出発して暫く、ドアがノックされた。
チェンナイを出発する時に注文した弁当だった。
アルミホイルの蓋を剥ぐと、インド風炊込みご飯=ビリヤニが敷き詰められていた。
米粒の隙間から中に埋め込まれた骨付きの鶏肉と茹で卵が覗いている。
スプーンが無いからインド風に手で食べ始めると、プラスチックの小さなスプーンが米粒の中に埋められていた。
 「ひと口どうですか?」
と青年に勧めたが、
 「いえ、僕はさっき自分の部屋で食べて来たので…。」
と言って彼は菓子をつまんだ。


ギラつく太陽、怒声、騒音、砂煙、目に焼き付く総天然色の神々…
歌手や俳優のブロマイドと並べて売られるシヴァやヴィシュヌ、ガネーシャ等の神々、あるいはサイババの写真。
通常相反する聖と俗が入り交じるインドが最も天国に近い国と呼ばれる由縁であり、そこに魅力を見出す旅行者も多い。
しかしながら私自身がクリスチャンであり、何を今さらと思える程に神を身近な存在と信じる人間であるから、なんら刺激を覚えない悲しい結末となったのだろうか。
否、それだけではない。
初めてのインドを振り返る度に思い出すあのスペイン人・マルコ。
彼の強烈な個性はインドのそれを遥かに凌駕し、今でさえ私の記憶から決して薄れることがない。
バンコクからコルカタへ向かう機内で、「もう一杯いかがですか?」とキャビン・アテンダントが勧めたにも拘わらず、彼女らは一向にビールを持って来なかった。
 「信じられるか?ヤツら忘れてやがる。」
と言ったのち、彼は私の制止も聞かず途中寄港のガヤーへ下降している最中に隣りの乗客を跨ってギャレーまで行き、満面の笑みを浮かべて勝ち取った2本のビールを掲げて戻って来た。
もちろん、酒に弱いから要らないと言った私の言葉も彼には届かず、2人で乾杯する羽目にもなった。
自己中心的な人間は大抵嫌われるものだが、その範疇を大いに超越するスーパーポジティブシンキングを持ち合わせた彼には、嫌悪感を通り越してただただ驚かされるばかりだった。


深夜特急は闇夜を裂いて今日から明日へと突き走る。
自室に戻ろうと我々のコンパートメントを辞した青年が、再びドアをノックした。
同室の乗客らがカギを掛けてしまい、閉め出されたと言う。
彼のコンパートメントに行ってみると、室内の照明は消え、ひっそりと静まり返り、聞き耳を立てると一人の鼾が響いている。
さすがに扉を強く叩いて起こしてしまうのは憚られる。
朝になれば戻ればいいからと、我々は彼を再び迎え入れた。
 「お前は物分かりが良過ぎる。」
過去に父からそうたしなめられたことを思い出す。
こんな時マルコなら、憚ることなく中の客を叩き起こしていたに違いない。
 「You must change.」
彼の言葉が鮮明に浮かぶ。
あれから私は自分自身を変えることが出来ただろうか。


コルカタから出国したあの後、私はバンコク・ドン・ムアン空港でチェックインカウンターに並んでいた。
世界的なハブ空港だけに、洋の東西を問わぬ様々な人種の乗客が皆、大きなスーツケースや複数の荷物をトロリーに載せて所狭しと密集していた。
どのカウンターにも長蛇の列が出来ていたが、私の並んだカウンターは特に長かった。
見れば中年の欧米人客がカウンターに詰め寄り、埒のあかぬ論議を繰り広げている。
相手をしているのは若い女性スタッフで、独りで奮闘している。
5分待てど10分待てどもまるで解決せず、苛立ちを募らせた後続の客らは、一人、また一人と他の列に回り、ついに私が最後の一人となった。
見れば彼女から少し離れた後方で年配のスタッフが数人突っ立っている。
中年欧米人の問題はまだまだ解決しそうに見えない。
こんな時、マルコならどうするだろう。
腹立ちの余り、恥も醜聞もかなぐり捨てて私は大声で怒鳴ってみた。
 「How long should I wait here !?
  Why noone don't help her !?」
私の声がホールに響き、世界中の人間が私を見た。
呆然と突っ立つスタッフも私を見た。
しかし結果は何も変わらなかった。
それで構わない。
世界は結果だけで動いている訳ではない。
結果に至るまでのプロセスこそ時に重要なこともある。
私は殻をひとつ突き破ったことに満足を覚え、恥じ入ることも無く他の列に加わった。
溜飲は幾分収まった。

私自身の成長と変化のプロセスという旅。
中学から大学まで、人格形成に最も重要な時間を共有した妻と再び巡り合ったこの奇跡。
インド最南端の聖地で初日を二人で迎え、私の旅はここに終わる。





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scott_street63 at 19:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) | 初インド旅記録