August 10, 2005

hottokenai


アサオです。

http://hottokenai.jp/
「ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン」

貧困に喘ぐ世界の人々・国を救おうという趣旨の運動が行われている。
食糧や水がなかったり、先進国からの債務返済で手一杯だったり、
あるいは正当な貿易ができなかったり…
20年前に行われたアフリカ救済イベントで集められた280億円もの寄付は
先進国への返済でわずか1週間で消えたという。
これはもはや人災である。
貧困の克服こそ国家としての優先課題にしよう。
その運動に参加するために、白い腕輪を身に着けよう。
…という趣旨のキャンペーン。
腕輪は紀伊国屋やタワレコなどでも取り扱ってるから、
あした入手するつもり。

…インドのカーストによる貧困も、やはり人災なんだと思うけど、、、

バラナシから夜行列車でカルカッタに戻って来た日の午後、
バンコクへ帰る便のリコンファームをしにチョウロンギ通りの
インディアン・エアラインへ行った。
そのビルの前に一人の女性が座っていた。
ビジネス街であり、且つ地下鉄の出入口の前ということもあって
人々が黙々と足早に過ぎ去る歩道の脇で、女性は汚れた衣服をまとい、
膝の上で眠る赤ん坊の背中を優しく叩きながら座っていた。
彼女の前を通り過ぎる際に横目で見てみると、その赤ん坊の顔はクシャクシャの猿のようで、
明らかに生後2〜3日と見て取れた。

何か…何か自分に出来ることはないか…!
余りにも小さく弱いその嬰児を見て、やたら焦燥感に駆られて考えた。
現金を渡すに越したことはないのかもしれないが、
しかし今すぐにでも必要なのは母親の栄養ではないか。
そう思い立ち、果物屋を探し回り、バナナを一房と100ルピー紙幣(約250円)
1枚を彼女に渡した。
「可愛い赤ちゃんですね。」
と英語で話すと、恥ずかしそうに微笑んで、
「Thank you.」
と答えた。こんな貧しい人でも英語が通じるのだから驚いた。
「…あなたは、この路上でこの赤ちゃんを産んだんですか?」
「Yes...」
信じられなかった。路上で出産するなんて…!
元気でね、と言って立ち去りながら、目頭が熱くなって涙がこぼれてしまった。

翌日、私は失敗したと思った。
あれほど貧しい人だと100ルピーのような高額紙幣を渡されても返って困るのだ。
買い物をしても、店に細かい釣り銭がなければ売ってもらえないか、
あるいは釣り銭をちょろまかされる。
日本円にすればたかだか250円程度なのに、
それだけで彼女のような身分なら1週間は食べて行けるはず。

サダルストリートの両替屋で米ドルを両替し、
さらに100ルピー紙幣を細かくしてくれ、と両替商の親父に言った。
「なぜだ?」
そう訊かれて、昨日会った貧しい母子のことを話した。
外で強烈なスコールが降り出した。
私の話を聞いた親父は10ルピー紙幣を10枚に分けて私に渡してから話しだした。
「…ワシも昔は両替屋を自分で営んでいた。それが交通事故を起こして全て失った。
今はこうして雇われ店長となってる。全ては神の意思のままに、だ。」
と言って、彼は壁にかけてあるモスクの絵に触れ、その手を額に当てて目を閉じた。

雨が止んで、途中の道で粉ミルクを買い、
またインディアン・エアラインへ行った。
彼女は、私を待っていたかのように立っていた…夫と娘と共に。
彼女は夫に私を紹介し、彼は私の手を握って何度も有難うと言ってくれた。
5〜6才ぐらいになる娘も同じくサンキューと微笑んだ。
彼らは粉ミルクのお土産に喜んでくれた。

これくらいのことで彼らを貧困から救ったことにはならないし、
焼け石に水程度のものに違いない。
所詮は自己満足に過ぎないのかもしれない。
両替商の親父の祈る姿が瞼に焼きついて離れなかった。
飢えも貧しさも、全ては神の定めたこと、
その真意を理解することなど人間には出来ないのだと。

運命を神の意思と言い換えるなら、人間はどこまで運命に、神に抗えるのだろうか。
ヒューマニズムは世界を変えられるのだろうか…。

(今日の写真:燈籠 at 極楽商店街/大阪)

050809

scott_street63 at 01:08│Comments(0)TrackBack(0) | インド

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