August 19, 2005

プーシーに思う


アサオです。

お盆休みを利用して、3泊6日(機内2泊)でタイへ行ってきました。
ついでに足を伸ばして4年ぶりにラオスの古都ルアンパバーンまで行ったり。
バンコクからPG(バンコクエアウェイズ)でルアンパバーンまで直行。
…なんとゆーか、カオサンみたいになっててちょっと残念。
メインストリートを歩行者天国にしてナイトバザール開いてたり。
といってもしょせんラオスですから、
タイのパッポンに較べたら1/100ていどの規模なんですけど。
欧米のヒトが出資してるのか、
築100年近い家屋をリフォームしたオサレなショップがいくつか開いてた。
ラオスってなんにもないのが魅力でもあったのに、
賑やかなルアンパバーンにちょっとヘキエキ。。。

ルアンパバーンはカーン川とメコン川が合流する地点に開けた街。
かつてランサーン王朝の首都が置かれた街で、
その王宮には「パバーン」と呼ばれる守護仏が祀られている。
偉大な(ルアン)守護仏パバーンという意味でルアンパバーンと名付けられたらしい。
毎年1月4日にそのパバーン仏を王宮博物館からワットマイという寺に移送される際には
古式ゆかしい行列とともに輸送され、読経や潅水の儀式が行われるらしい。
一度行ってみないと。

ちなみにルアンパバーンは街全体が世界遺産に登録されたスゴイ街。
なのに日本人にはまだまだ知名度が低いみたいで悲しいような嬉しいような…
日本人のおばちゃんらが集団で闊歩するよーになること想像すると、
正直ゾッとするかも。
でも欧米人はホントに多い。
欧米人の中でも意外に年配のアメリカ人が多い。
きっとベトナム戦争時代のこととか思い出すんだろーなぁ。

今回は上らなかったけど、
街の真ん中にプーシーという小高い丘に立つ祠がある。
そこに上ると重機関砲のごっつい砲台がある。
ルアンパバーンの北側のずっと向こうまで見渡せるスポット。
そこから敵の侵入を狙い撃ちしたんだろうか?
今では子供が乗ってくるくる回る遊具と化している。
子供たちは知らなくても、たとえ砲台が無くなったとしても、
歴史の傷跡は消えない。

太平洋戦争が終わって60年。
何年経っても、たとえ戦争を知らない世代だけになっても、
歴史に刻まれた傷を忘れてはいけない。
語り継がなくちゃいけない。
同じ過ちを繰り返さないために。
今年の夏は特に核の被害者としての放送が目立ったけれど、
日本が行った残酷非道な行為も忘れてはいけない。
…なんて、終戦記念日にタイに行ってた人間が言えることじゃないんだけれど。

いまNHKでやってる『アウシュヴィッツ』に釘付け。

と言いつつ、帰国後すぐに録画しといた『スローダンス』に飛びついた。
『スローダンス』、胸に滲みるわ……

(今日の写真: 南無 at 吉野/奈良)

050818

scott_street63 at 10:03│Comments(0)TrackBack(0)  | ラオス

トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔