March 31, 2007

スコッチとメコン


ウィスキーの味は醸造所の風土によって作られる。

『シャヴィ』のマスターは色々な酒を試した結果、ウィスキーに辿り着いたと言う。
マスターの後ろには各種のウィスキーのボトルが並んでいる。
その中ではどれが一番好きなのかと尋ねたところ、「そうですね…」と少し悩んでから1本のボトルを私の前に置いた。
<ラフロイグ>という名のスコッチだった。
 「これほど好き嫌いのハッキリ分かれるウィスキーは少ないと思いますよ。
個性が強いと言うか、香りが強烈なんですよ。」
ちょっといいですかと断ってからフタを開け、鼻を近付けてみたがよく分からなかった。
 「飲んでみないと分からないですよ。」
と言われ、試しにロックで飲んでみることにした。
グラスに真ん丸い大きな氷を入れ、マドラーで素早くかき混ぜグラスを冷やし、
慣れた手つきで流れるように<ラフロイグ>を1ショット注いで私の前に差し出してくれた。
こわごわ口に含んでみると、強烈な匂いが口腔から鼻腔へと突き抜けた。
歯医者の消毒液の匂いに酷似している。
しかし匂いの嵐が落ち着き始めると、脳裏に静かな海が拡がった。
 「歯医者の匂いにソックリですね。」
 「そうでしょう、みんなそう言います。」
 「でも、奥の方に海の香りを含んでるような気が…」
私の言葉にマスターは驚いた表情を見せて「素晴らしい!」と褒めてくれた。
この<ラフロイグ>の醸造所は海の際に建てられているらしい。
そのため樽が潮風を浴び、ウィスキーに個性をもたらせているのかもしれない。

マスターはウィスキーというウィスキーはほとんど飲んだことがあると言う。
それでは…とメコンウィスキーの名を挙げると、その名を耳にするのも初めてということだった。
ましてやタイでウィスキーを醸造しているのも知らなかったという。
もうすぐ開店4年目を迎えるマスターへのお祝いはメコンウィスキーに決まった。
タイへ出張する兄に私の分とマスターの分、計2本のメコンウィスキーを買ってきてもらうように頼んだ。
私もメコンウィスキーは飲んだことがない。
想像と期待が膨らむ。
静かで神秘的なメコン川が脳裏に浮かぶ。


ラオス周遊の旅もいよいよ終盤を迎え、シェンコックに到着した。
シェンコックで再会したメコンもやはり静寂に満ち、しかし力強く、
異邦人を寄せ付けない何処か神秘的な雰囲気が窺えた。
メコンを挟んだ対岸はミャンマー。
川を北上すると中国。
中国の赤い星の旗を掲げた貨客船が何度か私の視界を横切った。
このメコンをスピードボートで約5時間一気に南下し、タイの入国ポイントである
チェンコンの対岸の町・フエサイへと向かう。

船頭の後に付いて川面へと下りて見ると、遠目に見ていた以上に流れが速い。
細長い船体の最後尾にドでかいエンジンを積んだスピードボートに乗り込むと、
船頭からヘルメットとライフジャケットを渡された。
高速で投げ出されたとき、水面はコンクリートの固まりに変わると言う。
不安と恐怖を内包しつつ、凄まじいエンジン音と共にボートは出発した。
いざ投げ出された時のために、私はこっそり靴紐をほどいた。

ボートは川の上を飛ぶように爆走した。
波に揉まれ、時に押され、時に真正面からぶつかり、
跳ねたと思った次の瞬間には水面に叩き付けられた。
歯を食いしばらなければ舌を噛みかねない。

前方の景色が曇って見えたかと思うと、船頭が急にスピードを緩めた。
乗客に足下のビニールシートを上げるように指示した。
全員がビニールシートを被ったことを確認すると、再びスピードを上げて突進した。
途端に激しい雨が打ち付けてきた。
スコールだった。
ごく小さなスポットで降りしきるスコールを突き抜けると、再び快晴の空の下に出た。
ボートの勢いはなおも止まらず、川は何処までも続く。

途中の船着き場で休憩を挟み、再び南下を続けること約2時間。
それまでずっとミャンマーとラオスに挟まれた山間いを走っていたのが、
一気に視界が開けた。
麻薬栽培でその名を轟かせたゴールデントライアングルが眼前に拡がっていた。
タイに到着したのだ。
その時の感動を今でも忘れない。
心を震わせ、感謝せずにはいられなかった。
誰に?
神にか?
両親にか?
あるいはメコンにかもしれない。
荒れていた波は治まり、ボートの脇に走る縦の波が竜の背のように見えた。
メコン川には竜が住んでいると聞く。
メコンの竜神に感謝を捧げずにはいられなかった。

静寂と神秘に満ちる4,000kmに及ぶ大河。
その川のほとりで醸造されるウィスキーに期待が膨らむ。


果たして、2週間に渡る出張から兄が帰って来た。
待望のメコンウィスキーは……ドブの匂いに満ちていた。
生活汚水を垂れ流すチャオプラヤー川で造られてるんじゃないだろうか。
検証の余地が存分にある気がする。

ちなみにマスターは、恐ろしくてまだ開封していないらしい。
賢明かもしれない。


(今日のしゃしん:海底トンネル掘削機 at うみほたる/千葉県木更津
きのうまで東京へ遊びに行ってました。)
070401

scott_street63 at 23:51│Comments(4)TrackBack(0)  | ラオス

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この記事へのコメント

1. Posted by ずしおー   April 06, 2007 01:30
下戸なんですよね。だから酒の悦びは知りません。でもラフロイグのエピソード、想像の世界がふわっと広がりました。ブラックジャックが住んでる家みたいな崖っぷちの醸造所を思い浮かべたりして。
強い刺激の向こうにほのかに潮の香りが立ち上るなんて、もちろんアサオさんの鋭敏な味覚=感性があってこそなんでしょうけれど、奥深く、豊饒な世界が酒にはあるんでしょうね。
小学校のとき、アルチュール・ランボーやガウディをモチーフにしたサントリーウィスキーのテレビCMがあって、それが好きでした。砂漠やサグラダファミリアに奇妙な人物や怪物が現われるというやつで、最近You Tubeで久しぶりにみることができました。
いまはとにかく商品を前面に出すだけの直接的で芸も品もない宣伝ばかりですが、あの頃はみる悦びのあるCMが多くあったように思うんですが。それでも、いまでも酒のCMはやっぱりちょっといい感じのがあるなーって思ってみてるんです。
2. Posted by アサオ   April 06, 2007 13:40
私もお酒はかなり弱いですよ。
でも、やたらめったら飲むんじゃなくて、料理の一つとして味わうのが好きです。
中でもウィスキーは、それが持つ香りと味の深みから、醸造された場所の風土やそこで寝かされていた年月へとイメージを飛ばしてくれるので好きですね。
そういう意味でウィスキーには旅を感じるんです。
もしかするとテレビCMも、ウィスキーのそんな特性をイメージして作られてるのかもしれませんね。

それにしても、ずしおーさんの口からYou Tubeなんて単語が出てくるなんて…
ずしおーさんのお宅がIT化されたウワサは本当のようですね。
ちかく遊びに伺います!
3. Posted by みえごん   April 13, 2007 01:38
ラフロイグの海の香り、ゴールデントライアングルの光景は実体験してみないとわからない感動なんでしょうね☆
歯医者の消毒液の味を経て(我慢して?)広がる独特の香り、激流を乗り越えてこそ目の前に広がる絶景。
どちらも苦難を乗り越えてこそ味わえる感動ですね♪←言い過ぎ???

メコンウイスキーは・・・期待はずれ???
4. Posted by アサオ   April 14, 2007 04:21
いやいや、ぜんぜん言い過ぎじゃないですよ。
ホントそんな感じです。
後日談として、メコンウィスキーもだんだん好きになってきました。
飲むたびにメコン川ではなくチャオプラヤー川を彷彿させるんですが、それはそれで旅を感じさせてくれるし、何よりチャオプラヤー川も大好きなんですよ。
ほんとうにキタナイ川なんですけどね(笑)

みえごんさんも一緒にトリップしてみません?
…先に潰されるか、確実に。。。

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