January 07, 2011

モラトリアム


謹賀新年。

 門松は冥土の旅の一里塚
 めでたくもあり、めでたくもなし
        (一休上人の詩とも、地獄大夫が一休に宛てた詩とも言われる。)

我々は何処から来て何処へ行くのか―――そんな途方も無い思案はただただ時間を無駄に浪費するだけに終わってしまう。
建設的に考えるにはまず仮説を立てなければ一向前には進まない。
こう考えてみてはどうだろうか。
死が不可避な事実ならば、我々は死ぬ為に生きているのだと。
人は誕生した瞬間から死への旅路を一途に歩む。
つまり誕生とは即ち死刑宣告であり、人生とは執行までの猶予期間に過ぎないのではないだろうか。
とんちで名を馳せた一休上人いわく、人生とは「有漏地より無漏地へ帰る一休み」と。
煩悩の世界から煩悩の無い世界へと帰る。
つまり我々は黄泉より出でて黄泉に帰るのだ。
しかし帰るべき黄泉は何処にあるのか、生前には知り得ない。
我々に許されたモラトリアム―――我々は知らず帰依すべき場所を追い求めているのかもしれない。


カマボコ型の窮屈な空間は様々な人種で埋め尽くされた。
国際線の割に小型なエアバス320は中央の通路を挟んで左右に3席ずつ所狭しと座席を配置し、天井は低く、背の高い欧米人などは今にも頭を打ちそうな勢いで、傍目に危なっかしい。
そんな機内に豚小屋よろしく、洋の東西を問わぬ様々な人種が押し合い圧し合いしながら流れ込んで来る。
褐色の肌に目をギラつかせたインド人、浅黒い肌に目や口の腫れぼったいタイ人、黄色い華僑、目の青い欧米人…
ごちゃ混ぜの人種の中、私の座席は13A―――3席並びの窓側。
出るに出られぬ不便極まりない位置取りに己の不運を呪う。

 「アーユージャパニーズ?」
私に尋ねているのかと思い振り返った。
しかしそれは私の右隣りに座るヒッピー風の欧米人が、さらに右隣りの東洋人女性に話しかけているのだった。
 「まさか、タイ人です。」
 「失礼。あなたの黒い髪がヤマトナデシコのように美しいので、つい。」
彼女の眉間に寄せた皺が彼の肩越しに見えた。
 「ありがとう。あなたは何処から?」
 「スペイン。バレンシアから。」
 「あらそう。」
迷惑なのか作り笑顔を浮かべた彼女は腰を捻って後方に目を遣り、遠くの座席に離れてしまった友人か同僚かに所在を知らせるために手を振った。
なるほど、確かに彼はスペイン人らしい、男の私には目もくれようとしない。

 「JUICE or BEER ?」
まるで人形か彫刻の様な小さな顔に白い目玉をギョロリと見開かせたインド人CAが機内サービスを持って来た。
選択肢はジュースかビールの2つのみ。
ジュースを頼むとブリックパックのアップルジュースを渡された。
人肌と同じ生温かいジュース。
隣りのスペイン人の頼んだビールは十分に冷えているようで、プシュッといい音を立ててプルタブを引上げると、泡立つ黄金色の液体をプラスチックのカップに流し込んだ。
横目で盗み見ながら思わず唾を飲み込んでしまう。
 「Cheers !」
と彼は隣りの女性に笑顔を振り撒き乾杯を求め、驚いたことに私の方にも初めて振り向いて、「Cheers !」とカップを掲げた。
私は生ぬるいブリックパックを持ち上げ、
 「Salud.」
と大学時代にかじったスペイン語で応えると、彼はきょとんと驚いた顔を見せた。
 「いま何て言った?」
 「Salud.」
 「スペイン語?」
 「大学でちょっとだけ習ったんだ。」
表情の豊かな彼は大袈裟なぐらいに喜んで見せ、私と彼は改めてスペイン式に「Salud !」と乾杯した。

 「Why India ?」
彼は私に尋ねた。何故インドなのか?
その質問は、インドを旅するにはそれ相応の理由があって然るべきことを前提としていた。
 「バラナシに行きたいんだ。ぼくはクリスチャンだけど、日本は仏教文化だから、ぼくの人格の半分は仏教徒なんだ。仏教はインドで生まれた宗教だろ?だからインドの聖地バラナシは仏教徒にとっての聖地でもあるし、ぼくの半分の聖地でもある。つまりインドはぼくの半分のoriginだと思うのさ。」
自分の中の聖地巡礼。
そのために私は旅行前に床屋に寄って二枚刈りに頭を丸めたのだった。
 「君は?」
 「オレも同じさ。オレのoriginもインドにあるんだ。スペイン人はみんなフラメンコを子守唄に育つんだ。フラメンコをスペインに持ち込んだのはジプシーで、ジプシーの出身地はインドなのさ。」
彼は通りがかったアテンダントを呼び止めた。
 「ビールを2本くれ。」
 「2本?ぼくはあまり飲めないんだけど。」
 「オレも同じさ。」
勢いに負けて半ば強引にビールの缶を渡された。
 「Let's back to India ! Salud !」
もう一度乾杯した後、彼はインドへの想いやスペインに残してきた恋人のことやイスラエルにいる愛人のことなどを熱弁し始めたが、気圧の高さも手伝って、間もなく私は眠りに落ちた。
朦朧と消えゆく意識の中で、彼の乾杯の声が心地よく響いていた―――さあ、インドへ帰ろう。


かつて栄華を極めたソロモン王いわく、
汝の若いうちに創造主を覚えよ。災いの日が来たらぬ前に。「何の喜びも無い」と云う歳月が近付く前に。
帰依すべき場所を求めて、魂の旅は続く。

scott_street63 at 02:50│Comments(0)TrackBack(0) | 初インド旅記録

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