April 02, 2011

No title.


このブログの主旨は旅にある。
実は私の文章の訓練を主たる目的として開設している。
もしも読者が拙文を読むことで旅する気持ちを分かち合えたなら幸甚この上ない。

しかしここは飽くまでも仮想空間でしかなく、紛うことなき現実を眼前にすれば脆くも崩れ去る白昼夢に過ぎない。
強烈な現実に打ちのめされた今、数年をかけてこの浅薄な世界に形作った自分の空間はいとも簡単に色褪せてしまった。
私には現実を書き留めずしてこのブログを平気で続ける度胸はない。



あの日、大阪市本町のオフィス街が静かに揺れた。
不穏な横揺れが2分程続いただろうか、異常に長く感じられた。
すぐにNHKを付けろという言葉にテレビのリモコンを操作する。
隣りのビルからは驚いた従業員がわらわらと道路に躍り出ていた。
震源は宮城県沖。
そしてすぐに発令された大津波警報。
モニターは宮城にある漁港の一つ、塩釜港を映していた。
津波警報は幾度となく聞いたことがあるものの、大津波警報とは…?

画面を見守りながらも海外からの電話やメールは容赦なく、
日常の業務から手を休める訳にもいかない。

「来た!」

一人の声にテレビの前に戻る。
その様はまるで浴槽から湯が溢れたようで、岸壁から水面が盛り上がって陸地を侵して行った。
その力は凄まじく、数々の漁船がいともたやすく弄ばれ、陸上へ押し上げ、
また海上へと引き寄せ、横倒しになった船を橋梁にぶつけた。
見れば海上の高架道路を走る自動車がUターンして引き返している。
旋回できずトレーラーが立ち往生している。
盛り上がる高潮に、もはやそこは「高架」道路には見えなかった。

画面はヘリコプターによる上空からの撮影に切替わる。
津波はまるで引くことを知らず、漁港から住宅街へと押し上げ自動車も家屋をも飲み込んで行く。
流される家屋、ぶつかり合い破壊される建造物。
子供の玩具のように軽々と浮かび上がる自動車に人が乗っていないことを祈る。

それだけでは飽き足りないのか住宅街の裏に広がる田畑まで侵し続け、
やがて逆流により氾濫した川の水と合流したことで更に力を増した。
見れば田畑の中の農道を自動車やトラックが走っている。
津波がすぐ目の前まで押し寄せていることに気付いているのかどうか。
画面の手前に波、右側にも波。
先ほど画面から切れた自動車の行方は如何に?

日常業務をこなしながら、テレビという小窓から非日常を覗き込む。
これは本当の出来事なのか?
自分はいま何処にいて何をやっているのだ?
手元の日常と遠くの惨状の差異に目眩を覚えずにはいられない。
強烈な現実にただひたすら息を呑んだ。




私だけでなく大津波による惨劇を報道を通じて衝撃を受けた全国民が喪に服するように暗い日常を過ごす今日、日常とは張りつめた1本の細糸だけで均衡を保つ危うげな世界なのだと改めて実感する。
ウェブという虚構に己の巣を築くようにブログを維持し続けて来たが、目の醒めた今、全てが虚ろに目に映る。
陰鬱な気分が続き、ブログの継続を断念しようかという考えも起こった。
かと言って日常を放棄するわけにはいかない。
こうして生き残った今、我々は与えられた生命を燃焼し尽くす義務があるとさえ思える。
東日本大震災だけでなく、世界の全ての場所で起こる災害や戦争、飢餓や難病の犠牲者を思えば、それは最低限の使命ではないだろうか。


日常を死守せよ。
生命という釜に薪をくべ続け、機関車の如く疾駆せよ。
生きとし生ける全ての者の最低限の義務と心して、私は今日を生きることにする。
いずれその日が来るまで、私は生きる。


scott_street63 at 03:15│Comments(0)TrackBack(0)日常 

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