August 18, 2016

This maybe my Final Destination.


飽くまでも個人的な見解、もしくは偏見であることを先に述べておく。
宮本輝の描くエロスは、生々しく、淫猥でいて、現実的だ。
対して村上春樹のそれは、青臭く、童貞の妄想のようにメルヘンに満ちている。
リアルの宮本とファンダジーの村上。
村上春樹を有難がる輩は、ブランドに群がる大衆的な価値観の持ち主なのではないかと懐疑する。
宮本輝の『泥の河』を久しぶりに読み返した。
生々しくもおぞましい人間の営みを純粋無垢な子供の視点で描いた、氏の代表的な短編小説として数えられる。
河と言えば同氏の著作、『ドナウの旅人』を思い出す。
十七歳も年下の男と旅に出た母を追いかけて、源流のシュヴァルツヴァルト〈黒の森〉から黒海まで約3000kmに渡ってドナウ川を旅する四人の物語。
50歳の母を連れ出した33歳の男の真意は。
二人を追う娘と、その元恋人との愛は国境を超えて再び結ばれるのか。
そして差し迫る殺し屋の影。
人生は長い川のようだとは使い古された格言ではあるが、一筋の川がか細い源流から海に流れ入るまでに幾つもの支流から助力を受け、徐々に太く、力強く成長していく様は、確かに人生の在り方と似ている。
友人と呼べる人の少ない私ではあるが、気付かぬ内に、様々な出会いと交流によって恩恵を受けていることを忘れてはならないと肝に銘じておく。
梅里雪山もまた、4000kmにも及ぶメコンに注ぐ源泉の一つだった。


麗江から中国に入って四日目、食堂で朝食に出された白粥とザーサイを食べていると、タクシーが約束の時間通りに迎えに来た。
最終目的地であるメコン川上流を目指す。
メコン川は中国では瀾滄江(ランサンジャン)と呼ばれる。
ランサンとは、14世紀〜18世紀にかけてラオス・ルアンパバンーンで栄えたランサーン王国から由来する。
ランサンの名を冠しているところを見ると、北接する中国では明の時代、メコン川を伝って両国の間で良好な国交が結ばれていたことが窺える。
タイのチョンメックでメコンと出会ってから約20年。
遥か上流で再会するメコン川に胸が高鳴る。

タクシーは宿を出てから坂道を上り続け、雲を見下ろすまで標高を上げた。
一日チャーターしたのだから、折角なので適当な所で車を幾度か停めさせ、雲を見下ろすパノラマ風景を写真に収める。
一頻り雲の上を走ると、道は山裾へ向けて緩やかに下り始めた。
途中で観光名所となっている飛来寺展望台に立ち寄り、三叉路を左折する。
直進すれば道はチベット自治区の拉薩(ラサ)まで続くらしい。
梅里雪山の万年雪を眺望しながら天上から下界へと、幾重にも折れるつづら折りの坂を下り続ける。
車窓から遥か下にまばらな集落や畑が見える。
その家屋や建造物は漢民族の無機質なそれとは趣を異にする独特の形態と色彩を纏い、まるで絵本の世界の様な静かで牧歌的な風景が拡がっている。
まだ水面は見えないものの、恐らくそこがメコンなのだろうと思われる谷を挟んだ向こう岸にも同様の集落が見える。
『失われた地平線』でシャングリラの麓の村として描かれた「青い月の谷」を彷彿させる。
谷底まで下りた所に辺境警備らしき建物が建っていた。
その後ろに土砂を含んだ茶色い川が流れている。
車から降り、パスポートチェックを受けている間に運転手に訊いてみた。
 「これが瀾滄江か?」
 「是。(そうだ)」
遂にここまで来たことに感慨に耽る。
猛々しく音を立てて流れるその様は、ラオスで悠々と流れる様とはまるで異なり、まだ若いメコンなのだと得心する。

橋を渡り、透明に澄んだ川に沿って暫く走った所に梅里雪山への登山口がある。
息を切らしながら登る最中にもその川は流れている。
小一時間かけて登り切ったそこには有無を言わせぬ迫力の氷河が、先端の尖った前人未到の霊山・カワクボから圧し掛かるように眼前に迫っていた。
その傍らには湧水と思われる滝が落ち、氷河から溶けて流れる水と交わり川となり、間もなくメコンへと注ぐ。
この氷河もまた、メコンの源泉の一つに違いない。

大きく感動したいところではあったが、この登山を単なるハイキングと甘く見過ぎていたらしい、スニーカーにジーパン姿でペットボトルの水しか携えなかった私は心身ともに憔悴し、下山中には水すら喉を通らない程に脱水症状を起こしていた。
数歩歩く度に立ち止まっては息を整え、また数歩歩いては立ち止まる。
ふらふらと覚束ない足で歩いていると、一人の男が擦れ違い様に立ち塞がった。
彼は大きく手を拡げて私の行く手を阻んだかと思うと、
 「ワーーッ!」
と叫んだ。
何の事かと唖然とする私に、もう一度
 「ワーーッ!」
と同様に叫ぶ。
呼応を促しているのかと思い、私も力を振り絞って叫び返した。
 「ワーーッ!」
 「ウォーッ!」
 「ウォーッ!」
と、彼と私は五回もそれを繰り返した。
恐らく疲労困憊した私を奮い立たせたかったのだろう、彼は笑顔で私の肩を両手で軽く叩くと、仲間と共に去って行った。
彼もまた私に流れた支流だったのに違いない、這う這うの体でありながらどうにか私は下山を果たすことが出来た。
待っていたタクシーに乗り込んだ私は、再びメコンを見ることも無く、宿に着くまで眠り続けた。


翌朝、チェックアウトした私を季候鳥旅游酒店は家族四人で送り出してくれた。
物腰の柔らかい男は私の為に絵葉書と栞のセットを土産として用意してくれていた。
喜んで受け取った私は、彼の名前を訊ねた。
 「リンアル。」
すかさず彼の父親が私の左手を取り、掌を指でなぞった。
 「林」 「二」
漢字を解する日本人で良かったと思える瞬間だった。
恐らくは林家の二番目の子という意だろうか。
 「謝々、リン・アル」
と私は彼と握手を交わし、家族全員に手を振って別れた。

香格里拉へ向けて走り出したタクシーのリアウィンドーから目が離せなかった。
きっと私は暫くこの土地に執着してしまうに違いない。
この地こそ私の理想郷。
是非また訪れたい―—否、必ず訪れる、静謐の朝を求めて。



scott_street63 at 02:51│Comments(0)TrackBack(0) | 中国

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