August 16, 2017

Deqin, again.


何故又私は旅に出るのか。
安住の棲家を離れ、妻を一人家に残し、今度こそ最後だと胸に刻みながら、また雲上の旅路へと。
愉しくなぞない。この性分は只々辛い。


徳欽、再び。
標高3,200メートル。冷気が肌を刺す。
チベット自治区から香格里拉以南を往来する旅行者の中継地点として栄えたのだろうか、盆地ではなく山の裂け目に無理矢理築いたようなこの街は土地面積が狭く、そこに小さな商店が押し合うように居並ぶ。
バスターミナルも勿論狭い。
にも拘わらず長距離を走る大型バスが複数台隙間なく器用に並べられ、そこから離れて近距離を走るミニバスが1台出発を待っている。
飛来寺行きのミニバス。
定刻などない。客が集まり次第出発する。
 「フェイライス!フェイライス!(飛来寺!飛来寺!)」
ミニバスの運転手が声を張り上げ客を呼ぶ。
若い観光客の多くは徳欽より先の飛来寺現景台周辺に投宿する。
トレッキングに行く乗合タクシーが多く集まる場所でもあり、宿も安い。
勿論古いという短所も併せ持つが、若い旅行者には安い上に利便性が良いなら文句は無い。
 「おい、飛来寺なんだろ?」
運転手の男が私の左肩に荒々しく手をかけた。
トレッキング用のパーカーとバックパックを見て間違いないと踏んだのだろう。
確かに間違いはない。
大声で呼んでいるのに反応しない私に苛立ったのだと見える。
私はバスの時刻表を探していたのだった。
 「ちょっと待ってくれ。バスの時刻表を見たいんだ。」
男はバスの出入口に建つ五階建ての建物を指差した。
待合室を作る敷地が無かったからか、建物の二階に切符売場と待合室があった。
復路はメコン川に沿って帰りたいので、香格里拉ではなく維西行きのバスに乗りたかったのだが、確認したところ朝8時出発の1日1便のみだった。
登山の翌日だからとても起きられる自信が無い。
まあ良い、タクシーをチャーターすれば良いのだ。金に物を言わせれば断られまい。
北部ラオスを1泊1ドルや2ドルで渡り歩いた時代が懐かしい。
バスで帰る手段を諦め、急いで飛来寺行きのミニバスに乗った。

ターミナルを出て山道を走る。
一頻り高所を走って下り坂を右にカーブすると、青空の下で雪を被って聳え立つ梅里雪山が鮮明に視界に飛び込んできた。
一昨年の九月に訪れた際は天候に恵まれず全貌を拝むことが出来なかったのだが、カワクボ(太子峰)もメツモ(神女峰)も、両者共に尖塔の様に尖った頂上まで姿を露わにしている。
美しいなどという簡単な言葉で表現することすらおこがましい。
待ち望んでいただけに、もはや神々しいとさえ思える。
信仰の対象となるのも頷ける程に圧倒される。
飛来寺現景台から真正面に山を望むことは出来るのだが、今回は手前にある山を越えて更に接近し、雨崩村から見上げる計画だ。

今回の宿であるカワクボ酒店は飛来寺現景台の真正面にあった。
一階は食堂であり、ピンクの布を被せた円卓が並んでいる。
その奥のレジカウンターが宿の受付となっていた。
英語はまるで解さないため、またスマートフォンを介して会話する。
渡された鍵は二階の202号室。
部屋で寝転びながらでも梅里連山の麗しい姿を目に焼き付けられる眺望。
最高の部屋だと心を躍らせながら荷物を解いたり写真を撮ったりとしている間、水の流れる音が間断なく響いていて不思議に感じていた。
明らかに水道が少し開いたままになって水の中に零れている。
どうも自分の部屋らしいと思って浴室に入って理解した。
水は便器の中で響いていた。
洋式の水洗トイレが置かれいるのは良いのだが、水を流そうとコックを押込んでもまるで反応しない。
その代わり水を流しっ放しにして匂いが籠るのを防いでいるものと思われる。
つまりトイレが壊れていることを承知で特に修理を施すつもりもないのだ。
これだから辺境は…と望んで来ておきながら失望する。
まぁ良い。
水洗トイレは水量6リットルが世界標準らしい。
風呂場のバケツに水を貯めて同様に勢い良く流せば事足りると心に収めるものの、洋式の水洗トイレに向かってバケツで水を流す矛盾を含むやるせなさは如何とも収め難い。
かと言って宿屋に文句を言ったところで一朝一夕に直るものではないし、折角の部屋を替えられたくもない。

トイレの件は潔く諦めることにして散策に出た。
日の暮れないうちに飛来寺を目指す。
一般的に「飛来寺」と言うと、人はこの飛来寺現景台を指す。
一昨年、現景台の入場料を取る係員に「飛来寺は何処だ」と問合せても「此処だ」としか答えなかった。
にも拘わらず飛来寺という寺院はそこには無い。
現景台からバスで来た道を約1キロ戻りつつ歩く。
標高の高さも手伝って、上り坂に息が切れる。
冷気を含む風が時折吹くものの、春の陽気に似た天候が心地よい。
民家の庭から枝を伸ばした桜に似た樹にはピンク色の花が咲き始めている。
杏子だろうか。
遠くに徳欽の街を眺めながら歩いたところに、背の高い山門があった。
寺院に向かって急な下り坂になった参道に沿ってマニ車が幾つも並ぶ。
こじんまりとした寺院だが、金色に輝く一対の鹿が庇に飾られている。
寺の中には色鮮やかな曼荼羅が壁一面から天井にまで大胆に描かれている。
息を呑む迫力に一種の神聖さを感じ、写真撮影は憚られた。

来た甲斐があったと満足しながらホテルに戻る。
帰り道に声を掛けてきた乗合タクシーに明日の迎えを頼み、ホテルの一階で夕食に臨む。
明日の登山に備えて精を付けんとホイコーローと青菜のスープと白米を注文。
まずはスープ、次にホイコーロー、最後に白米が手桶のような櫃に盛って運ばれて来た。
広東省では食堂の食器洗いを信用せず、客はまず食器と箸を茶で洗ってから食べ物を盛る。
自分の身体は自分で守れという習慣なのだが、今回私の席には密閉された白い紙袋が置かれていた。
紙袋を破ると中には食器のセットが入っている。
つまり工場から運ばれたままだから安全だと言う訳だ。
成程、と得心しながらまずはスープを取った。
沸騰させ過ぎたのか非常に熱いのだが、青菜には火が通っていず固く青臭い。
ホイコーローは油が多すぎる上に肉が固い。
白米は、恐らくホイコーローを作り始める前に櫃に盛っていたのだろう、所々温かいのだが基本的に冷たい。
広東省では考えられないほど食に対する考えが疎い。

明日の登山に向けて腹は満たしたものの、高揚させるべき意気を落ち込ませながら自室に戻る。
これだから辺境は…とこぼしながら、バケツでまた水を流す夜。
何故住み慣れた家を離れて旅に出てしまったのだろうといつも半ば後悔する。
それでも待ちに待った明日という日を思うと、流れぬトイレへの嫌忌など水に流せる程に心が浮かぶ。
明日に備えて早めに灯を消した。


scott_street63 at 21:35│Comments(0) | 中国

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