インド

September 14, 2005

インドからスペインへ


アサオです。

今日の昼休みに観てたNHK「お昼ですよ ふれあいホール」でバニラムードが
演奏した『スペイン』を聴いて、忘却の彼方にあった記憶が急に甦った。
バンコク発カルカッタ行きのインディアン航空で隣りに座ったスペイン人のマルコ。
彼は、彼自身の源流がインドにあると信じ、インドへ行くのだと言った。

スペイン人は皆産まれる前からフラメンコを聴いて育つ。
そのフラメンコをイベリア半島に持ち込んだのがジプシー。
ジプシーの起源はインド。
だからインドに行くのだ、と彼は誇らしげに言った。

(ちなみに今はジプシーと呼ばず<ロマ>と呼ぶらしい。
 ジプシーとは「エジプトから来た」という意味の
 <エジプシャン>が変化したしたものだとか。)

正直なところ、私は欧米諸国にはまるで興味がない。
旅をしようとも思わない。
しかしスペインだけは例外。
何故だろうと考えたら、スペインはどこかアジアと共通しているのだ。

歴史的に見て、イベリア半島はイスラム教勢力にほぼ全地域支配されている。
南米からインディオが奴隷として何万人も流入し、
さらに放浪の民・ロマの到着。
ピレネー山脈で閉ざされたイベリア半島内で混血が次々と生まれ、
欧州でも独自の文化を形成することになったのに違いない。


グラナダのアルハンブラ宮殿の足下を流れる川を伝って、
アルバイシン地区の貧しい住宅街を歩いた。
居並ぶ家々はボロく、中には山肌をくり抜いて造った家もある。
何処かからフラメンコが聴こえてくる。
ここで女性に話しかけられた。
もうすぐフラメンコのショーをやるから観に来ないかと。
ガイドブックの地図からも外れたこんな所に旅行者は他にいない。
私は彼女の容姿に驚いて警戒心を抱いた。
黒い髪に緑がかった茶色い瞳、彼女の容姿からは明らかに西欧ではなく
イスラームの香りが漂っていた。
初めて目の当たりにしたイスラームに私は恐れた。
常識を全く異にする人種ではないか。
言葉が通じても意思の疎通は出来ないんじゃないか、と。
きっと日本人が初めて西欧人を見て鬼と思った感覚と同じに違いない。
もし私一人だったなら付いて行ってたかもしれない。
しかしカノジョを連れていたため危ない目に遭わせるわけにいかない。
魅力的だけど、ごめんなさい、あまり時間がないので。
そう断って先を急いだ。
結局スペインでフラメンコを見ることはなかった。

それから数年経って、三重にあるパルケ・エスパーニャへ行った。
フラメンコのショーをやっているという「カルメンホール」へと急ぐ。
パルケの中ではスペイン人らが広場で勝手に集まって
勝手に本格的なフラメンコを踊ってる。
勝手にやってるだけだから勿論見ほうだい。
その気になったら中に混ぜてもらえる。
しかし「カルメンホール」は完全予約制だと言うのだから余程すごいんだろう。
そう思っていた。

……撃沈。
……カネと時間を返してほしい。

パルケ・エスパーニャ、悪い評判ばかり先行してますが、
けっこう本格的で私は好きですよ。

も一回行ってフラメンコのパルマ(手拍子)やりたい。。。


(今日の写真:この辺で話しかけられた at グラナダ/スペイン)

050914

scott_street63 at 22:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

August 10, 2005

hottokenai


アサオです。

http://hottokenai.jp/
「ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン」

貧困に喘ぐ世界の人々・国を救おうという趣旨の運動が行われている。
食糧や水がなかったり、先進国からの債務返済で手一杯だったり、
あるいは正当な貿易ができなかったり…
20年前に行われたアフリカ救済イベントで集められた280億円もの寄付は
先進国への返済でわずか1週間で消えたという。
これはもはや人災である。
貧困の克服こそ国家としての優先課題にしよう。
その運動に参加するために、白い腕輪を身に着けよう。
…という趣旨のキャンペーン。
腕輪は紀伊国屋やタワレコなどでも取り扱ってるから、
あした入手するつもり。

…インドのカーストによる貧困も、やはり人災なんだと思うけど、、、

バラナシから夜行列車でカルカッタに戻って来た日の午後、
バンコクへ帰る便のリコンファームをしにチョウロンギ通りの
インディアン・エアラインへ行った。
そのビルの前に一人の女性が座っていた。
ビジネス街であり、且つ地下鉄の出入口の前ということもあって
人々が黙々と足早に過ぎ去る歩道の脇で、女性は汚れた衣服をまとい、
膝の上で眠る赤ん坊の背中を優しく叩きながら座っていた。
彼女の前を通り過ぎる際に横目で見てみると、その赤ん坊の顔はクシャクシャの猿のようで、
明らかに生後2〜3日と見て取れた。

何か…何か自分に出来ることはないか…!
余りにも小さく弱いその嬰児を見て、やたら焦燥感に駆られて考えた。
現金を渡すに越したことはないのかもしれないが、
しかし今すぐにでも必要なのは母親の栄養ではないか。
そう思い立ち、果物屋を探し回り、バナナを一房と100ルピー紙幣(約250円)
1枚を彼女に渡した。
「可愛い赤ちゃんですね。」
と英語で話すと、恥ずかしそうに微笑んで、
「Thank you.」
と答えた。こんな貧しい人でも英語が通じるのだから驚いた。
「…あなたは、この路上でこの赤ちゃんを産んだんですか?」
「Yes...」
信じられなかった。路上で出産するなんて…!
元気でね、と言って立ち去りながら、目頭が熱くなって涙がこぼれてしまった。

翌日、私は失敗したと思った。
あれほど貧しい人だと100ルピーのような高額紙幣を渡されても返って困るのだ。
買い物をしても、店に細かい釣り銭がなければ売ってもらえないか、
あるいは釣り銭をちょろまかされる。
日本円にすればたかだか250円程度なのに、
それだけで彼女のような身分なら1週間は食べて行けるはず。

サダルストリートの両替屋で米ドルを両替し、
さらに100ルピー紙幣を細かくしてくれ、と両替商の親父に言った。
「なぜだ?」
そう訊かれて、昨日会った貧しい母子のことを話した。
外で強烈なスコールが降り出した。
私の話を聞いた親父は10ルピー紙幣を10枚に分けて私に渡してから話しだした。
「…ワシも昔は両替屋を自分で営んでいた。それが交通事故を起こして全て失った。
今はこうして雇われ店長となってる。全ては神の意思のままに、だ。」
と言って、彼は壁にかけてあるモスクの絵に触れ、その手を額に当てて目を閉じた。

雨が止んで、途中の道で粉ミルクを買い、
またインディアン・エアラインへ行った。
彼女は、私を待っていたかのように立っていた…夫と娘と共に。
彼女は夫に私を紹介し、彼は私の手を握って何度も有難うと言ってくれた。
5〜6才ぐらいになる娘も同じくサンキューと微笑んだ。
彼らは粉ミルクのお土産に喜んでくれた。

これくらいのことで彼らを貧困から救ったことにはならないし、
焼け石に水程度のものに違いない。
所詮は自己満足に過ぎないのかもしれない。
両替商の親父の祈る姿が瞼に焼きついて離れなかった。
飢えも貧しさも、全ては神の定めたこと、
その真意を理解することなど人間には出来ないのだと。

運命を神の意思と言い換えるなら、人間はどこまで運命に、神に抗えるのだろうか。
ヒューマニズムは世界を変えられるのだろうか…。

(今日の写真:燈籠 at 極楽商店街/大阪)

050809

scott_street63 at 01:08|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

July 27, 2005

素材屋にて


アサオです。

ここ最近、しょっちゅう『素材屋』に行ってる。
在京時代によく見かけた居酒屋チェーン。
最近になって大阪にも進出してきた。
安い上に個室が充実してる。
2人からでも個室利用可。

仕事中に突然、大学時代の友人(♀)からメッセンジャーで質問された。
「幸せって何?」
その晩、彼女と待ち合わせて素材屋へ行ったのがきっかけ。
実は結婚を考えている相手がいるのだが、条件が合わないとか。
今では定例会のようにそこで会合を開いている。
その彼女に先日また質問された。
「結婚のイミって何?」

最近、私の周囲は私を含め第2次結婚ラッシュを迎えている。
まさしく雨後の筍の如く、ここでもか!と驚く日が続く。
大学時代の友人と会って話してる時なんて
気持ちは未だに二十歳そこそこだというのに、
そーかぁ、もうみんなオトナなんだなぁとしみじみ思ったり。
10代の頃は競ってオトナになりたがっていたというのに、
年齢的にはもう大人なんだという現実に直面すると
やたら危機感を覚えてしまう。

人はいつからオトナになるんだろう?
年齢的に大人というのではなく、精神的に、
あるいは人格としてオトナとみなされる境界線はどこにあるんだろう?
やはり現実との向き合い方、現実問題への対処の仕方だと思う。

最近、やたら醒めた子供が多い。
彼らはたぶん現実に屈してしまった大人たちを手本としている、
いわば猿マネに過ぎない。
でもそれはもしかすると、早くオトナになりたいと夢見る彼らなりの背伸びなのかもしれない。
私が10代の頃は喫煙や飲酒がオトナへの近道だと思っていた。
時代が違えば視点も違うというものか。

ふと、カルカッタで出会ったスペイン人とカレーを食いながら議論したのを思い出した。
愛こそ真実だと力説する彼に対して私が、
愛なんて夢だ。結婚は現実なんだ。日本人の多くはそう考えてる。
と言うと、彼は驚いていた。
そんな考えを初めて聞いたという感じだった。
店を出る時、彼は暗唱するように小声でぶつぶつと繰り返していた。
Love is a dream. Marriage is the real...
なんて醒めた考えなんだろう、と自分が嫌になった。

現実に屈するんじゃなく、
現実を打破する力を持ってこそオトナと呼ばれるべきじゃないか。
子供が夢見れるオトナになりたい。
それがコドモっぽいと言うのなら、
無理にオトナになることなんかない。

結婚も、無理にすることないんじゃない?

…文中、さりげなくアピールさせてもらいました。
ホント、さりげなく。

(今日の写真:生マリリン・モンロー at バンコク/タイ
       注:♂です。)

050727

scott_street63 at 14:12|PermalinkComments(2)TrackBack(0)